ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第27話をお送りします。
フランス料理には「ロッシーニ風」という名称が
ロッシーニは食事の合い間に作曲をした。自ら台所に立って逸品を創作していたある日、すばらしい思いつきにハタとヒザを打った……。
ニコロの料理の評判にヒントを得た『セヴィリアの理髪師』のロッシーニは、フォア・グラとトリュフを骨髄のかわりに直接太目のマカロニの穴に注入して、不朽の逸品を完成させた。
ロッシーニもまた一食たりともお座なりにしなかった食のまじめ人間で、フランスに移り住んでからフォア・グラとトリュフの魅力に魂を奪われてしまった。
フランス料理にはロッシーニ風という名称が多く使われているが、これはフォア・グラとトリュフが入っている料理という意味である。
ロッシーニは根気よくものを食ベる人で、食卓では機智豊かな冗談がポンポンとび出した。
ある人がロッシーニと会食中に、なぜ音楽家はそろって食いしん坊なのかとたずねた。
「さよう」
ロッシーニは口のまわりに光っている脂肪をナプキンでぬぐいながら、こう答えた。
「音楽と料理の基本はまったく同じものだといえますな。
たとえば遁走曲は野菜をたっぷり添えた肉料理です。肉を食べる、次に野菜を口にする、肉の印象は野菜によって弱められる。今度は野菜の印象を肉が弱める、この二つの味覚が追いつ追われつして一つの渾然とした料理になる。
遁走曲を基礎にした対位法こそがこれからの音楽です。いい料理は頭脳の中でいい音にかわるものです」
ひたすらまじめに食べ続けたこのロッシーニの美味求真は、ついに自分の料理女を妻に迎えることでクライマックスに達した。
「料理女を妻にしたことで巷の雀がいろいろと言うらしい。しかし諸君、考えてもみたまえ。なぜこんなにすばらしい一石二鳥をもっと早く考えつかなかったのか、私は失っていた時間がくやまれてならない」
これが結婚披露パーティでのロッシーニの挨拶だった。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
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夏坂健
1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。
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