スペーシアXで日光へ
昭和の時代、皇室の方々が日光を訪れる際には、天皇、皇后は国鉄、皇族方は東武鉄道をご利用になられていた。皇室と日光とのつながりは、1893(明治26)年に日光山内御用邸が創設されたことにはじまる。すでにJR日光線が1890(明治23)年に開業していたこともあり、明治天皇の皇女が避暑に訪れ、翌年には嘉仁皇太子(のちの大正天皇)も避暑に訪れた。1898(明治31)年には、日光田母沢御用邸が完成し、以来、日光は“天皇の避暑地”として名を馳せるようになった。
皇族方が病気療養で日光に滞在される大正天皇を見舞うため、秩父宮雍仁(やすひと)親王や高松宮宣仁(のぶひと)親王が、東武鉄道の特急を利用しており、皇室と東武鉄道とのつながりも歴史がある。
今回、上皇ご夫妻が利用されたのが、東武鉄道の最新型特急「スペーシアX」であった。浅草駅から臨時に仕立てられた“お召列車”に乗車された上皇ご夫妻は、グリーン車に相当する車両ではなく、普通車である「スタンダードシート」車両に乗り込まれた。“特別扱い”を好まれないとされる、上皇陛下らしいお振る舞いだった。日光まで1時間46分の鉄道旅。ご夫妻は、お座席に仲良く並ばれてお座りになった。流れゆく車窓を見ながら、どんな会話に花が咲いたのであろうか。
いろは坂を抜けて中禅寺湖畔へ
上皇ご夫妻が日光へ入られて、最初に向かわれたのは「日光田母沢御用邸記念公園」だった。庭園を散策されるご様子は、夕方のニュース映像で広く知れ渡ることとなった。夕方には、いろは坂を通り抜け中禅寺湖畔へ移動された。しかし、その後もご日程が発表されることはなく、中禅寺湖周辺の住民も、「どこへ行けばお会いできるかわからない」と、戸惑っている様子だった。
ご夫妻は、翌5月29日に日光国立公園の戦場ヶ原などを訪れたが、完全なるプライベートでの散策だったため、報道陣もシャットアウトとなった。中禅寺湖畔にあるご宿泊されたホテルも、全館貸し切りとして通常営業は行なっていなかった。
上皇ご夫妻は、5月31日まで滞在され、東武日光駅発のお召列車で帰京の途に就かれた。
文・写真/工藤直通
くどう・なおみち 日本地方新聞協会皇室担当写真記者。1970年、東京都生まれ。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに、中学生の頃より特別列車(お召列車)の撮影を通じて皇室に関心をもつようになる。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。著書に「天皇陛下と皇族方と乗り物と」(講談社ビーシー/講談社)、「天皇陛下と鉄道」(交通新聞社)など。