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新横浜ラーメン博物館(横浜市)は2024年3月6日、オープンから30年の節目を迎え、31年目の新たな一歩を踏み出しています。30周年企画の一環で、2月からはラーメン職人の潜在能力や新たな才能を発掘するラーメンコンテスト「佐野実メモリアル ラーメン登龍門2024」を実施。6月2日に最終選考(決勝戦)が行われ、上位3店がラー博に順次出店します。7月5日から登場するのは、第3位「手打ち麺 あお井(From とら食堂福岡分店)」。新横浜ラーメン博物館の協力を得て、同店の紹介記事を「おとなの週末Web」でも掲載します。

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岩岡洋志・新横浜ラーメン博物館館長のコメント「ラーメン登竜門は人生を変える大会」

ラーメン登龍門は1999年以来、実に25年ぶりに開催しました。今大会には、25年前のラーメン登龍門に参加された方や、海外からの参戦、主婦の方、サラリーマンの方と各方面からご応募いただきました。

また今回審査員をしていただいた前島さん(「せたが屋」店主)も25年前の大会の応募者であり、その後、せたが屋を開業され、とても有名になられたお店です。ラーメン登龍門はある意味人生を変える大会でもあります。今後、ラーメン登龍門は3年に1度開催していくのですが、既に次大会の構想を社内で議論しております。

「ラーメン登龍門2024」の最終選考会

今回第3位に入賞された和田響さんは、コラムにも書きましたが、ちょうど25年前の大会が開催されたころ、当時出店していた「一風堂」のアルバイトとして働かれていました。なんだかドラマティックな話です。

和田さんの「一風堂」時代も知っておりますが、「とら食堂福岡分店」としての和田さんのイメージが強く、真面目で職人気質な印象を持っております。今回のテーマの1つである国産小麦を、「とら食堂」直伝の手打で作られるという点がとても魅力的でした。実際最終選考会でいただきましたが、手打ちでしか表現できない食感ですし、味噌スープも呉汁をヒントに独特な風味と食感のあるラーメンで、とても個性的で食べたことのない味わいでした。

当館の来店数を考え、手打ちは1日120食限定となります。私はまだ食べていませんが、機械製麺の麺もとても楽しみです。麺が変わるとスープも変わりますので、 11日間という短い期間ではありますが両方の麺をお召し上がりいただき、比較していただければと思います。

店主の和田響さん(中央)と、岩岡洋志・新横浜ラーメン博物館館長(左)

第3位「手打ち麺 あお井(From とら食堂福岡分店)」出店情報

出店期間:2024年7月5日(金)~15日(月・祝)
場所:新横浜ラーメン博物館地下1階(旧八ちゃんラーメン)

味噌ラーメン-素材の旨味-

店主は「一風堂 新横浜ラーメン博物館店」のアルバイト出身

店主の和田響さんは1980年5月、横浜市生まれ。大学1年の夏から(1999年~2001年)「一風堂 新横浜ラーメン博物館店」でアルバイトを始めました。

店主の和田響さん

和田さんが写った「一風堂」ラー博店最終日(2001年6月3日)の記念写真が残っていますが、写真の左から2番目の方は、その後「麺の坊 砦 ラー博店」で店長を務め、2014年に「地球の中華そば」として独立された樋上正径さんです。

2001年6月3日、一風堂ラー博店最終日の記念写真。写真右が和田響さん

和田さんは大学卒業後の2003年に、「一風堂」(株式会社力の源カンパニー)に入社します。最初の配属は「大名本店」(福岡市)でした。

入社式の写真

その後、2005年には「一風堂金沢香林坊店」(金沢市)立ち上げの店長として配属。2010年には「大名本店」の店長となり、2011年には社内暖簾分け制度により、「一風堂」(株式会社力の源カンパニー)を退社し、「株式会社日々輝」を設立しました。

暖簾分け制度で独立

暖簾分け店主として「一風堂薬院店」(福岡市、現在は閉店)を運営。その後、「一風堂金沢香林坊店」(2013年)、「一風堂横浜西口店」(2015年)の暖簾分け店主となります。

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一風堂創業者から「自分の店としてやらないか」→独立へ...
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おとなの週末Web編集部
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