■「合体」は「既知への道しるべ」
ソロカルは名前のとおり、ソロバンと電卓が横一列にひっついた、見たまんまの合体家電である。ごていねいにも、ソロバンの珠の下には鉛筆を置けるように、窪みも用意されている。あまりに一目瞭然な製品のインパクトに、あるいは「計算する」という同じ機能をくっつけただけの謎の意図に、しばしば昭和の迷品として紹介され、よく笑われる。しかし私は知っている。ソロカルは迷走の末に作られたものではない。どちらかというと明確な意志のもとで作られた名品なのだ。
ソロカルが世に出た1979年は、電卓の黎明期だ。当時はじめて電卓に触れた人は、機械が表示する計算結果を、生理的に信用できなかったそうである。そのため使い慣れたソロバンをいつも携帯し、電卓の検算をソロバンで行う人を見て、当時の技術者があえて電卓にソロバンを合体させることを思いついた、のがソロカルの合体エピソードだ。
私はこのエピソードがたまらなく好きだ。いまとなっては不可解な合体も、未知と既知を合体させることで未知の不安を和らげようとしたと見直せば、迷品の印象もガラリと変わるだろう。それはテクノロジーの普及をそっと橋渡しする、過渡期のやさしい合体だったのだ。そしていまその合体が私たちの生活に見当たらない事実こそが、その橋渡しが成功したことを証明している。
この世から消えることは商品やデザインの敗北かもしれないけれど、あらかじめ消えるために生まれる製品があることは、悪いことではない。クールでも合理的でもないけど、夢もワクワクもないけど、やさしくてはかない合体があること。それはChatGPTだの生成AIだの、未知に包囲されたいまの私たちにとって、既知へのほのかな道標になるんじゃないか。そういうやさしい合体がいまこそ求められていると、おそるおそるプロンプトと応答を行ったり来たりする私は思うのだ。
文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)
まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中