カキじいさん、世界へ行く!

やっぱり「日本のカキ」はスゴイ…漁師が驚いた、スペインの料理人が「三陸の養殖カキ」に注目した、意外なワケ

カキじいさん、世界へ行く!

そこで、スペイン語の辞書で「リア」を調べてみると、湾という意味もありますが、「潮入り川」という意味でした。さらに、リアということばは「リオ(川)」から生まれてきたことも知りました。 つまり、三陸海岸に見られるように、複雑…

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カキが旨い季節がやってきた。衣はカリッと身はジューシーなカキフライ、セリがたっぷり入ったカキ鍋、炊きたてのカキご飯。茹でたカキに甘味噌をつけて焼くカキ田楽もオツだ。カキ漁師は、海で採れたてのカキの殻からナイフで身を剥いて、海で洗ってそのまま生で食べるのが好みだという。レモンをちょいと絞ればなおさらよい。うーん、旨い!

そんなカキ漁師の旅の本が出版された。カキじいさん、世界へ行く!には、三陸の気仙沼湾のカキ養殖業・畠山重篤さんの海外遍歴が記されている。畠山さんは「カキ養殖には、海にそそぐ川の上流の森が豊かであることが必須」と、山に植林する活動への取り組みでも知られている。

「カキをもっと知りたい!」と願う畠山さんは不思議な縁に引き寄せられるように海外へ出かけていく。フランス、スペイン、アメリカ、中国、オーストラリア、ロシア……。

世界中の国々がこんなにもカキに魅せられていることに驚く。そして、それぞれの国のカキの食べ方も垂涎だ。これからあなたをカキの世界へ誘おう。連載第4回「これでは生物は育たない…宮城県、三陸の「カキ養殖家」が日本の川に落胆したワケ《フランス》とはこれだけ差があった」にひきつづき、スペインのカキとホタテ貝とサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者のたどった道を訪ねる旅だ。

どんな胸躍る出会いがあるのだろうか。

「リアス」はスペイン語で「いくつもの潮入り川」を意味する

ある日、スペイン料理のお店を開きたいという料理人が、わたしの養殖場を訪ねてきました。その人と話していて、わたしはそれまでたいそうな思い違いをしていたことに気がついたのです。同時に、その方から話を聞いたスペインに、行ってみたくなりました。

波静かな入り江がつづく三陸リアス海岸は、カキやホタテ貝などの養殖業がさかんです。それは入りくんだ湾が多く、波が静かで養殖筏を浮かべておくことができる海だからだ、とずっと思っていました。ところが、スペイン料理人の方から聞いたことがきっかけで、わたしの考えはとても浅かったことを反省させられたのです。

それは、リアス海岸の「リアス」がスペイン語であることを知ったからです。子どものころから、「リアス式」ということばをいつも使っています。でも、それが何語かであるかなど、まったく疑問に思ったことはありませんでした。

みなさんはどうですか。

リアス(rias)の「ス」は、英語を習うとわかりますが「複数のS」といって、ひとつではなくたくさんあることをあらわす文字です。ですから、もともとのことばは「リア」です。

そこで、スペイン語の辞書で「リア」を調べてみると、湾という意味もありますが、「潮入り川」という意味でした。さらに、リアということばは「リオ(川)」から生まれてきたことも知りました。

つまり、三陸海岸に見られるように、複雑に入りくんだ湾は、もともと、川がけずった谷だったのです。それが大昔に、地殻変動が起こり、谷底が深く落ちこんだため、海が谷に入りこんでできた地形だったのです。ですから、海におぼれた谷、「おぼれ谷」ともいわれています。

「リアス式」とだれが最初に呼ぶようになったのかはわかりませんが、明治になって教科書をつくるとき、日本語でどう表現するか迷ったのでしょうね。英語でも、リアス・コーストとあらわしているので、「リアス式」としたのでしょう。

このことを知るまで、わたしは三陸海岸が、世界のリアス海岸の中心だと思っていました。でも、スペイン語であるなら、とうぜんスペインのどこかにリアス海岸があるということです。

みなさんは、スペインといえば、何を思いうかべますか。

フラメンコ、闘牛、バレンシアオレンジなどでしょうか。観光ポスターなどでは、光と影、かがやく太陽が強調されていますね。ところが、リアス海岸の本場は、雨が多く、「しめったスペイン」といわれる、スペイン北西部のガリシア地方の海岸なのです。
 
ポルトガルとの国境に近い、ビゴ湾から北へ800キロメートル、三陸海岸の約3倍の長さで、入りくんだ岸が続いているのです。そこは、「ガリシアの海でとれないものはない」といわれるほど豊かな海で、スペイン最大の漁業基地があることでも有名でした。
 
もちろん、波静かな湾では、養殖業がさかんで、ホタテ貝、カキ、そしてムール貝の養殖は世界一だそうです。

「やっぱりそうか」

わたしは、ハッとしました。いままでわたしは、このような入りくんだ湾は、海の波がけずってできたものとばかり思っていたのです。ところが、リアスとは、川がけずった谷ですから、三陸海岸の数多くの湾を見ても、湾の奥には、かならず川が流れこんでいます。

ここ気仙沼湾から少し南の志津川湾(南三陸町)には、8本もの川が流れこんでいるのです。

気仙沼湾には大川、広田湾には気仙川、大船渡湾(大船渡市)には盛川、越喜来湾(大船渡市)には浦浜川、宮古湾(岩手県宮古市)には閉伊川などです。川が流れこむ海だから豊かなのですね。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者のしるしはホタテ貝

リアスの名前が生まれたスペイン、ガリシア地方へ行ってみたい。

そう思うようになったわたしは、本屋さんへ行ったり、図書館へ行ったりして、スペイン北西部、ガリシア地方のことが書いてある本を探してみました。

スペインといえば、南のアンダルシア地方や、バルセロナで有名なカタルーニャ地方のことを書いた本は多いのですが、ガリシア地方を紹介する本は少ないのです。リアスについての本もまったくありません。わたしは、がっかりしてしまいました。

ところが、スペインの歴史の本を読んでいるうちに、リアス海岸のすぐ近くにサンティアゴ・デ・コンポステーラという、世界的に有名なキリスト教(カトリック)の聖地があることがわかりました。エルサレム、バチカンと並ぶ三大聖地のひとつです。

わたしがとくに興味を持ったのは、この聖地に巡礼に行く人々が、そのときかならず、ぼうしやかばんなどに、ホタテ貝の殻をつけていたことです。サンティアゴ(聖ヤコブ)のしるしがホタテ貝だというのです。

じつはわたしは、三陸海岸で40年前にはじめてホタテ貝の養殖に成功した漁師なのです。ですから、よけいそのことに関心が深まっていきました。聖地の近くのリアス海岸が、ホタテ貝の産地にちがいない。三陸リアスの気仙沼湾でホタテ貝と長年つきあってきた漁師の勘です。

…つづく「「うまいカキ」を探しに旅立った親子…スペインの「海辺の街」で息子が思わず漏らした「感動の一言」」では、ヨーロッパ有数の漁業基地に向かったカキじいさんが、目の当たりにした光景を振り返ります。

連載カキじいさん、世界へ行く!第5回
構成/高木香織

●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)

1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。

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