「やっぱりそうか」
わたしは、ハッとしました。いままでわたしは、このような入りくんだ湾は、海の波がけずってできたものとばかり思っていたのです。ところが、リアスとは、川がけずった谷ですから、三陸海岸の数多くの湾を見ても、湾の奥には、かならず川が流れこんでいます。
ここ気仙沼湾から少し南の志津川湾(南三陸町)には、8本もの川が流れこんでいるのです。
気仙沼湾には大川、広田湾には気仙川、大船渡湾(大船渡市)には盛川、越喜来湾(大船渡市)には浦浜川、宮古湾(岩手県宮古市)には閉伊川などです。川が流れこむ海だから豊かなのですね。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者のしるしはホタテ貝
リアスの名前が生まれたスペイン、ガリシア地方へ行ってみたい。
そう思うようになったわたしは、本屋さんへ行ったり、図書館へ行ったりして、スペイン北西部、ガリシア地方のことが書いてある本を探してみました。
スペインといえば、南のアンダルシア地方や、バルセロナで有名なカタルーニャ地方のことを書いた本は多いのですが、ガリシア地方を紹介する本は少ないのです。リアスについての本もまったくありません。わたしは、がっかりしてしまいました。
ところが、スペインの歴史の本を読んでいるうちに、リアス海岸のすぐ近くにサンティアゴ・デ・コンポステーラという、世界的に有名なキリスト教(カトリック)の聖地があることがわかりました。エルサレム、バチカンと並ぶ三大聖地のひとつです。
わたしがとくに興味を持ったのは、この聖地に巡礼に行く人々が、そのときかならず、ぼうしやかばんなどに、ホタテ貝の殻をつけていたことです。サンティアゴ(聖ヤコブ)のしるしがホタテ貝だというのです。
じつはわたしは、三陸海岸で40年前にはじめてホタテ貝の養殖に成功した漁師なのです。ですから、よけいそのことに関心が深まっていきました。聖地の近くのリアス海岸が、ホタテ貝の産地にちがいない。三陸リアスの気仙沼湾でホタテ貝と長年つきあってきた漁師の勘です。
…つづく「「うまいカキ」を探しに旅立った親子…スペインの「海辺の街」で息子が思わず漏らした「感動の一言」」では、ヨーロッパ有数の漁業基地に向かったカキじいさんが、目の当たりにした光景を振り返ります。
連載『カキじいさん、世界へ行く!』第5回
構成/高木香織
●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)
1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。