メサビ鉄山へ
世界最大の淡水湖、スペリオル湖畔の朝をむかえました。太平洋の水平線から昇る太陽は見なれていますが、湖の水平線からの真っ赤な太陽には驚いてしまいました。
今日目指すのはメサビ鉄山です。アメリカ・ミネソタ州東部に広がる鉄鉱石の鉄山帯で、「Mesabi Iron Range」と呼ばれています。世界有数の埋蔵量を誇っています。
今から20億年ほど前の、先カンブリア紀といわれた時代、海によって浸食された台地から大量の鉄や、ケイ素が溶け出しました。
これらの養分は植物の成長にとても大切なものです。やがて、海に植物プランクトンが大発生したのです。
プランクトンといっても、陸の植物と同じで、光合成で成長します。そして、大量の酸素を放出します。酸素は海中の鉄と結びつき、水酸化鉄という粒子になります。
粒子は重いので海底に落ちていきます。それらの沈殿物は渦の流れでミネソタ州北部の海底に堆積しました。バケツの水に泥を溶かしてかきまぜると、中央に泥が集まりますね。あのイメージです。
やがて地殻変動で堆積物が地上に押し上げられたのです。1887年、メリット兄弟により鉄鉱石が発見され、以来ずっと掘り続けられているのです。
このような分野も地理学の世界ですよ!
メサビ鉄山に向けて車は出発しました。鉄じいさんの胸は喜びでドキドキしています。「ほんとうに不思議な人ですね」と、大竹君は笑っています。
3時間ほど走ると周りの風景は赤く変わってきます。鉄鋼山の見学コースに沿って小高い山の上の見晴らし台に立ちました。地平線の果てまで、赤の大地が広がっています。
世界一の露天掘りの鉄鉱山だそうです。口を開けば、鉄、鉄、鉄、と語る夫を不思議そうな顔で見ていた妻も、圧倒されています。
「植物プランクトンによる光合成で酸素が発生し、粒子となった鉄が海底に落ちたのがこの赤い大地だ。だから海は貧鉄なんだ。わかったか」
と胸をはりました。
「あなたが鉄、鉄といっているのがわかりました。やっと好きになれそうです」
と妻が語りました。
…つづく「気仙沼のカキ漁師が大興奮…アメリカの「赤い大地」が証明する、南アメリカ原生林「生命の謎」」でも、アメリカを訪れたカキじいさんが思わず大興奮したエピソードを綴ります。
連載『カキじいさん、世界へ行く!』第29回
構成/高木香織
●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)
1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。2025年、逝去。

