今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第51回目に取り上げるのは1996年にデビューした5代目ホンダプレリュードだ。
今最も注目を集めている自動車メーカー
2025年2月13日にホンダと日産の経営統合に関する交渉が決裂して破談となったことが両メーカーから発表された。その後はホンダ、日産とも沈黙状態ながら、「日産の内田誠社長退任後にホンダと日産は再交渉」、と言った噂が出るなど世間のホンダ、日産への注目度は依然高い。3月11日に日産の取締役会議が開催され、何らかの動き(内田社長退任など)があると予想されるが、日本クルマ界だけでなく、日本経済にも多大な影響がある問題だけに、その動向が気になっている人も多いだろう。
プレリュードは4代目でコンセプトチェンジ
1980年代はやることなすこと成功していたホンダ。トヨタの強さは言うまでもないが、ホンダの躍進ぶりが際立っていた。その大きな役割を果たしていたのが新世代スペシャルティカーの元祖とも言えるプレリュードだ。2代目、3代目とデートカーという日本独自の”ちょっと緩いカテゴリー”で猛威を振るった。
少々さえなくても、スペック的に劣っていようが、プレリュードに乗っていれば少なくとも女性とドライブができた時代、残念ながら筆者は蚊帳の外。今思えば情けない話だが、卑屈君の筆者はアンチプレリュードだった。
そんなプレリュードも強敵の日産シルビア(S13)に主役の座を奪われ、バブル崩壊もあって一気に販売を落として神通力を失った。それに対しホンダは4代目プレリュードで大胆なコンセプトチェンジを敢行。エモーショナルなスペシャルティ感が強調されたエクステリアデザインを採用し、ボリューム感アップ。リトラクタブルヘッドライトを捨ててデザインテイストも大幅に路線変更した。同時にスポーツ性をアピールし、F1ドライバーのアイルトン・セナをCMに起用。
派手さがいっさい感じられなかったデザイン
その4代目は1996年10月に生産終了となり、その後を受けて11月に5代目プレリュードがデビュー。ホンダはほぼ同時期にニュージャンルに挑んだS-MXをデビューさせている。
筆者は自動車雑誌『ベストカー』の編集部員として5代目プレリュードの新型車発表会(当時は全メーカーのほぼ全車開催されていた)に行き、そこでご対面。その初見の第一印象は「地味だな」というもの。2代目、3代目のような万人にわかりやすいカッコよさもなければ、4代目のような華やかなムードもない。縦型のヘッドライト、小さな開口部のグリルによる顔はお世辞にも美形には見えなかったし、精悍さは皆無。トランクが独立した古典的なノッチバッククーペスタイルはちょっと武骨にも見えた。
デザインテーマは『光と影』というもので、特にボディサイドのエッジを際立たせたというが、正直あまり理解できなかった。「クーペらしいフォルムだがこのデザインでプレリュードは大丈夫か?」とも思った。
大人のクーペとは?
その5代目プレリュードについて発表会で開発主幹・杉山智之氏は、「新型プレリュードは従来のスペシャルティより大人の選択に堪えるクルマです」と説明した。
「は~、大人ね」と妙に納得する自分がいた。というのもクルマ、特にデザインを表する時に「大人の〇〇」という表現はよく使われ、誌面などで目にすることが多いと思う。何をもって大人なのか? これは地味だとか、華がないクルマのデザインでは常套句なのだ。地味→落ち着いている、華がない→チャラチャラしていない、と置き換えることで、「大人の〇〇」という表現が完成する。商業誌に携わる編集者にとっては「大人の〇〇」という表現は角が立たないためとても重宝。
ホンダは本気で年配の大人をターゲットとしていたのかもしれないが、プレリュードが地味なエクステリアで損したと思う。2ドアクーペを買おうという人は年配の大人だろうが若者だろうが、「カッコいいのが一番」。当時は若いからカッコよく見えなかったのかとも思ったが、大人(現在58歳)になった今、改めて5代目プレリュードを見ても正直なところ琴線は刺激されない。