評論家の評価の低いクルマは売れる!?
当時クルマ好きの間では、マークII系しかり、初代カリーナEDしかり、「自動車評論家の評価の低いクルマは売れる」、という定説があったが、初代キューブはまさにそれ。一般ユーザーのニーズと自動車評論家の評価が乖離していると言われた要因だ。今ではそんなことはないことを付加しておきたい。
それに対し評価の高かったキャパは……、クルマの出来は確かに初代キューブよりもよかったが、価格設定に失敗。若干ではあるが初代キューブよりも数万円レベルだったが高い価格設定が仇となった。初代キューブが1.3Lに対しキャパは1.5Lだったから高いのは当たり前なのだが、ユーザーは両モデルを同格と見ていた。
たかが数万円と侮るなかれ、軽自動車やコンパクトカーはライバルよりも1万円高いというだけで売れなくなることも珍しくないのだ。
キャパは1998年4月から2002年2月まで販売されたが、後継モデルはなく一代で消滅してしまった。累計販売台数は初代キューブの約4分の1の約11万台だ。
キューブの個性派たち
日産車の特装や限定車などを手掛けるオーテックジャパン (現日産モータースポーツ&カスタマイズ) が大ヒットモデルとなった初代キューブでもいろいろなタイプを登場させている。
まずはオーテックジャパンが手掛けたライダー。ビレットグリル、エアロパーツを装着してワイルドに仕上げたモデルは若者に好評で、オーテックのライダーシリーズの中でも一番人気だった。
そのほかオーテックは1998年12月に市販モデルにはラインナップされていなかったショーモデルと同じ黄色のボディカラーの「イエローバージョン」、1999年4月には本革シート、ゴールドのグリルなどを特装したプレミアムを発売。
圧巻は2000年9月に発売開始したスクエアだろう。丸目に変更され、大型のグリルを装着したモデルはグリルと内装色をブルー、シルバー、ピンク、グリーン、イエローの5色からチョイス可能で、マーチボレロ以上に個性的な一台に仕上げられていた。ちなみに筆者はキューブスクエアを街中で見かけたことはない。
売れたのには理由がある
初代キューブは販売面で大成功を収めた。もちろんコンセプトが受けたのは事実だが、日産が手厚くケアし続けた点は無視できない。 ライバルのキャパに対しては先手必勝、先に発売したことが吉と出た。
前述の乗車定員を4名から5名に変更したこともそうだし、ネガと言われたN・CVTは改良を重ねハイパーCVTへと進化。初期ではクリープがないのが不評だったがクリープ機能を搭載。スポーツモデルにはステアシフトが可能なハイパーCVT-M6も設定。
エンジンについても1999年のマイナーチェンジで1274ccから1348ccに排気量アップし、走りの面でも進化させた。
オーテック以外の魅力的かつ買い得感のある特別仕様車を定期的に登場させることで商品価値の低下を最小限に防いだ。
日産が手塩にかけて育てたモデルが初代キューブで、日産が発売後の人気に浮かれず手厚いケアを続けたことが打ち上げ花火で終わらなかった最大の要因だろう。
エスピノーサ体制になった新生日産には、初代キューブで見せた意気込みを復活させたもらいたいものだ。
【初代日産キューブX 2WD主要諸元】
全長:3750mm
全幅:1610mm
全高:1625mm
ホイールベース:2360mm
車両重量:970kg
エンジン:1274cc、直列4気筒DOHC
最高出力:82ps/6000rpm
最大トルク:10.8kgm/4000rpm
価格:144万1000円
※1998年2月デビュー時のスペック
【豆知識】
ホンダキャパはホンダのJムーバー第一弾として1998年4月にデビュー。コンセプトは『Small is Smart』というもので、小さいことのメリットを生かし、日常の楽しさを創造するという意味が込められていて、JはJOY(楽しさ)の頭文字。第二弾はコンパクトSUVのH-RV。キャパは全長3775×全幅1640×全高1650mmで1.5L、直4DOHCを搭載。トランスミッションはホンダの無段階変速装置のホンダマルチマチック(HMM)。
市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。
写真/NISSAN、SUZUKI、HONDA、ベストカー
























