明治の黎明期に埋もれた鉄道史 日本で最初の鉄道創業駅は「しながわ」と「よこはま」だった #品川#新橋#桜木町#横浜#鉄道 記事に戻る 鉄道錦絵より「東京高輪海岸蒸気車鉄道之全図」。現在の高輪ゲートウェイ駅周辺を描いたもので、このあたりは海上に築かれた線路(築堤)のうえを蒸気車が走っていた=絵師/三代・広重〔藤岡屋慶次郎:板〕、所蔵個人蔵ひとつ前の錦絵と同じ方角を見た現況写真。鉄道が開業した当初の明治時代、このあたりは高輪海岸と呼ばれた海だった=2026年6月23日、港区高輪鉄道錦絵より「東京蒸気車鉄道一覧之図」。新橋駅~横浜(現・桜木町)駅間が、鳥観図風に描かれている=絵師/孟斎芳虎(のちの歌川芳虎)〔澤村屋清吉:板〕、所蔵個人蔵1871(明治4)年ごろに撮影されたと思われる高輪海岸に沿って工事中の「高輪築堤」のようす。写真に見る左側が東海道で、内海(運河)を隔てて右側には高輪築堤が写る。この場所は、現在の品川駅のあたりから高輪ゲートウェイ駅方向を見たもの=写真所蔵/JLNA鉄道錦絵より「高縄蒸気車鉄道之図」。東海道の八ツ山橋と高輪築堤を走る“陸蒸気”を描いたもので、当時の品川駅はこの橋のたもとにあった=絵師/芳虎(のちの歌川芳虎)〔加賀屋吉兵衛:板〕、所蔵個人蔵ひとつ前の錦絵に見る旧東海道に架かる八ツ山橋から見た現況写真。この八ツ山橋は、映画“ゴジラ”が(日本の)本土に初上陸した場所としても有名だ=2026年6月23日、品川区北品川品川駅の高輪口(西口)ロータリーの一角に設置されている「品川駅創業記念碑」の説明板より。現在は駅周辺の改良工事にともない暫定的に記念碑は撤去(保管)されているため、見学することができない=2008年2月26日、港区高輪JR高輪ゲートウェイ駅の最寄りにある「高輪ゲートウェイシティ」での保存・展示が予定されている高輪築堤の「第7橋梁」(築堤の中央右側)と、東海道の高輪大木戸門(右下)が描かれた鉄道錦絵=絵師/三代・広重〔藤岡屋慶次郎:板〕、所蔵個人蔵高輪ゲートウェイシティ建設予定地から出土した高輪築堤の「第7橋梁」=2021年5月、港区高輪高輪ゲートウェイシティ「THE LINK PILLAR 2」の1階ギャラリーで展示される高輪築堤「第7橋梁」の復元模型=2026年6月23日、港区高輪高輪ゲートウェイシティ「THE LINK PILLAR 2」の1階で、2028年春公開予定の高輪築堤跡「第7橋梁部」の展示風景を描いたパース画=資料出典/JR東日本鉄道錦絵より「汐留よ里〔原文ママ〕蒸気車運行の図」。当時の新橋駅〔ステーション〕と陸蒸気が描かれる=絵師/昇斎一景〔蔦屋吉蔵:板〕、所蔵個人蔵再現された新橋駅のプラットホームと駅舎。実際の遺構(プラットホーム)は、地中に埋設された状態にある(見学用の窓から目視可能)=2026年6月23日、港区新橋 記事に戻る 明治の黎明期に埋もれた鉄道史 日本で最初の鉄道創業駅は「しながわ」と「よこはま」だった