料理人の体を癒す魔法の水⁉︎
料理人の作る料理がお客の心までも満たすなら、料理人の心は何が満たしているのだろう。
「それは月に一度の銭湯巡りです」と言うのは、谷中にある牛モツと日本酒をテーマにした『二鷹』の店長・黒瀬公平さんだ。ただ銭湯に行くだけではない。“巡る”……つまり、何軒もの銭湯に行くことで心の平穏や日々の疲れからの解放がなされるのだという。
そこには黒瀬さんが幼少のころ、銭湯に通う日々を過ごしていたことが関係している。生まれた時から中2の自宅改装まで銭湯通いが続いたそうで、「自宅のお風呂はうれしかったんですけど、でもあの手足がグーっと伸ばせる大きな浴槽が恋しくて(笑)。今も熱い湯に浸かり、手足を伸ばすと、あぁ風呂に入ってるって気になるんですよ」。
それだけなら巡らなくてもいいのでは?
「銭湯と言ってもいろいろあるんです。昔ながらの宮造り、近代的なビルの1階、サウナが併設されているところ、庭がきれい、番台の雰囲気……ただ湯船に浸かって『あぁ~』がいいだけじゃない。それらの個性を楽しむのもいいんです。
それに、東京都にはまだ400近くの銭湯が残っていますが(※正確には令和4年で462。東京都生活文化スポーツ局消費生活部生活安全課公衆浴場担当調べ)、昔は2000近くあったんです。釜の火じゃないですが、銭湯文化の火を消したくはないじゃないすか」。
黒瀬さんの意見を後押しするように銭湯をもっと楽しんでほしいと、東京都浴場組合が立ち上げたサイト「東京浴場」(https://www.1010.or.jp)では、“銭湯お遍路”を提案中。四国のお遍路さんのごとく、各銭湯に巡礼するたびにスタンプノートにスタンプが溜まる“銭湯お遍路”を実施している。
見事すべて巡礼すると同HP内で紹介される名誉にあずかれるというものだ。ちなみに黒瀬さんは2023年4月時点で323以上の銭湯を巡礼済みとのこと。
そして巡礼の理由はもうひとつ。「その街に漂う人情や風情に触れられるから」だ。居酒屋の店長を務めるだけあって、黒瀬さんも大のお酒好き。当然、銭湯の後のちょいと一杯が何よりも楽しかったりする。
「銭湯を出て牛乳を飲んで、まだ髪が完全に乾き切らないうちに表に出るんです。それからふらりともつ焼き店や昔ながらの小さな居酒屋に立ち寄ります。湯上がりに痛飲は禁物なので、軽く1杯と決めて店に入ります。
そういう地元の方が集まる店では、こちらが黙っていても街の様子が詳細に聞こえてくるじゃないですか。いつか自身の店を持ちたいんですが、どこに出すのがいいか、その街の様子を知るのにもいいんですよ(笑)。半乾きの髪ということもあって同じように銭湯帰りの人と相席すると『さっきはどうも。いい湯でしたね~』なんて会話も楽しいですしね」