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かれこれ20年ほど前、カンボジアで夜道を歩いていた私は、ベトナム人のおばちゃんに突然、抱き着かれた。故郷で暮らす娘とそっくりで間違えたのだという。翌朝、娘への手紙を託された私は、ベトナムへと向かうバスに乗り込んだ。果たして、無事、そっくり顔の娘に会えるのかーー。インドシナ前編に続き、後編もお楽しみください。

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匍匐前進で入る部屋

カンボジアの首都プノンペンから、ベトナム南部の大都市、ホーチミンまで約230キロ。今では立派な道ができて直行バスでわずか6時間ほどだが、私が旅をしていた20年ほど前の道路はあちこちに穴が開いていた。プノンペンからベトナム国境方面へのミニバスに乗りこむも、まるで車体が巨大なトビウオのごとく元気によく跳ねる

おかげで1時間も経たないうちにタイヤに穴が開き、代わりに捕まえた5人乗りのタクシーに9人もギュウギュウ詰め込まれたり、大きなリュックを背負ったままバイクタクシー(オートバイのタクシー)にまたがったり、ワゴンや人力車に乗り換えたりしながら、ホーチミン市の安いホテルが集まる一角まで14時間かけて辿り着いた時には夜もとっぷり暮れていた。

土ぼこりで顔は真っ黒だし、お腹は空くし、もうヘトヘトである。人力車から降り、通りを少し歩くと、お客さんでごった返しているレストランバーを見つけた。その上の階は同じ経営のホテルのようだ。カウンターにいたお兄さんに「今夜、部屋は空いてる?」と聞いてみると、お兄さんはペラペラと宿帳をめくりながら、渋い顔をした。

「ソーリー! 今夜は埋まっちゃって、あ、一部屋だけ空いているんだけど……」
「じゃあ、その部屋、見せてくれる?」
「うーん、けっこう広いけどちょっと変わった形の部屋なんだよね」
「ノー、プロブレム。鍵がちゃんとかかってベッドがあれば、部屋の形なんて気にしないよ」

2階への階段を上がり始めると、お兄さんはふと階段の踊り場で立ち止まった。そして、壁にある70センチ四方ほどの四角い扉に鍵を差し込んだ。道具入れだろうか。私はシーツでも取り出すのかと思って待っていたが、パカッ! と扉が開いた次の瞬間、顔を突っ込んだお兄さんが、おもむろに四角い“穴”にジタバタと入っていくではないか!

「え、えええ!? ちょ、ちょっと……」

うろたえていると、穴の中から私を呼ぶお兄さんの声がする。まさか、ここが………!? こわごわ穴を覗いた私は、「へええっ!?」と叫んでしまった。

穴の中には、外からはまったく想像がつかない、だだっ広い部屋があった。マットも家具もあるし、電気もつくし、鏡も窓もあるシンプルなごく普通の安宿の部屋だ……天井の高さが1メートルほどしかないことを除いては

まあ、一泊だけなら

私はリュックを置き、巣穴に戻るリスのような気分で、その部屋に匍匐前進で入った。天井が低すぎてすごい圧迫感である。お兄さんは這いつくばったまま言った。

「どう? 明日になれば他の部屋が空くから、移動できると思うよ」

まあ、もうクタクタだし、他を探すのも面倒だし、ひと晩だけならいいか……。そう考えた私は、お兄さんから鍵を受け取った。部屋にシャワーやトイレがない安宿は慣れてはいたが、共同トイレに向かうべく扉を開けて顔を出すたび、階段にいるお客さんをいちいち絶叫させてしまうのが申し訳なかった。

日本の建築では考えられないが、建ててみたら1階と2階の間に隙間ができたらしい。

最上階の天井裏ではないし日本の天袋のようなものだろうか。部屋にしては低いが天袋にしては高さがあるので、客室に改装してみたのかもしれないが、床からは1階のレストランバーでかかる大音量の音楽が筒抜けである。それでも、私はその晩、一度も目が覚めることなく泥のように昼まで眠ったのであった。

自分がもうひとりいる!?

さて、宿が決まれば、いよいよカンボジアで出会ったおばちゃんの娘、ユンさん探しである。翌朝、部屋を案内してくれた昨夜のお兄さんに場所を尋ねると、ホテル街からユンさんが働くレストランまでは歩いて7〜8分ほどであった。

事情を聞いたお兄さんは、「近くだし、俺が一緒に行ってあげるよ。夕方なら仕事が終わるから」と申し出てくれた。日が暮れて仕事帰りのバイクが道路を埋め尽くす頃、お兄さんとふたりで連れ立って歩いて行くと大きな交差点のそばにレストランの看板が見えてきた。英語のメニューも店の入り口に掲げられており、どうやら観光客も訪れる高級ベトナム料理の店のようである。

そっとドアを開けると、客席の半分が埋まっており、せわしなく従業員が働いていた。お兄さんは店に入っていき、私はちょっと緊張しながら外で待った。2〜3分後、お兄さんに続いてアオザイ(ベトナムの民族服)を着たお姉さんが出てきた。

目が合った瞬間、思わずのけぞった。そこに自分がもうひとりいる! まるで鏡を見ているようで、本当に瓜ふたつである。

この女性がユンさんか!

ユンさんも「え~!?」とばかりに口をあけて驚き、お兄さんは私たちふたりを見比べては笑い転げている。この地球に自分の顔とそっくりな人が3人いるというが、間違いなく、ユンさんはそのひとりであろう。

母親が間違うのも仕方がないと納得するほど、顔や体型、さらには雰囲気までもよく似ている気がする。顔は平たくのっぺりしていて、二重だが目は細く、寸胴でくびれはない。ベトナム人にしては背が高く、やや猫背である。きっと小さい頃から背が高いのがコンプレックスで背中を丸めていたのかもしれない。うん、わかる、わかるよ、と私は心の中でつぶやいた。

それにしても彼女のほうがスラリとして見えるのは、涼しげで女性らしいアオザイを身に付けているからだろう。白いパンタロンにチャイナドレスのような上着を組み合わせた民族衣装で当時はベトナム南部の人々の普段着でもあった。

お兄さんがざっとカンボジアでの私の体験をベトナム語で伝えてくれた後、私はカバンからユンさんのお母さんの書いた手紙とお土産を手渡した

ふんふん、と手紙を読んだ彼女は、「お母さん、元気でやっているのね! あなたに会ったら、アオザイ屋に連れて行ってあげなさいと書いてあるわ。明日はレストランの仕事が昼番だから夕方、ホテルに迎えに行くね」と話し、レストランに足早に戻って行った。

のっぺり姉妹誕生!?

翌日の夕方、ユンさんは友人に借りたというスクーターでホテルまでやってきた。地元の小さなアオザイ屋さんで採寸してもらうと、出来上がるまで数日かかるという。

その翌日もまたその翌日も、ユンさんは仕事が終わるや、ホテルに私を迎えにやってきた。彼女は私よりずっと英語が話せたが、さらに今、日本語と中国語も習っているのだという。一緒に日本語教室に遊びに行ったり、屋台ご飯をハシゴしたりとあちこち遊びまわった。

数日後、ユリの絵柄のアオザイが完成。鏡の前に立ってみれば、もはやベトナム人姉妹にしか思えない。美人姉妹ならぬ、のっぺり顔姉妹というのが切ないけれど、どこから見ても双子である。

「アヅサ、今夜はどこに行こうか?」
「うーん、こんなに似ているなら、誰かを驚かせたいね
「OK! そうだねえ……」

私はアオザイを着たまま、ユンさんの運転するスクーターの後ろに乗り、彼女のバイト先へと向かった。

替え玉受検の妄想が止まらない

店に着き、カラン、と扉を開けて中に入ると、まだ準備中なのか、従業員たちが掃除をしている。

そして、私を見て、ベトナム語で「あれ? ユン、髪を切った?」「今日、出勤だっけ?」となどと聞いているようなジェスチャーをした。「……ヤ(Yes)」とだけ答えて、何食わぬ顔で一緒にテーブルを拭き始めると、そこへ、再び扉が開いて、本物のユンさんが「あーはっはっは!」と腹を抱えて大笑いしながら入ってきた

「えええ!? ユン!? じゃあ、こいつだれ?
パニックになった従業員たちが振り返って私を見る。
「あ、あんた、双子だっけ?」

まだまだ動揺が続く従業員。その慌てぶりが、ああ、おかしい。日本人の観光客だと種明かししたら「ベトナム人じゃないの!?」とさらに驚かれた。

その晩、私の天袋部屋にユンさんがやってきた。荷物を広げたら部屋を移動するのが面倒になり、結局、ズルズルと天袋に居座っていたのだ。案外、慣れてしまうものである。一緒に寝っ転がってビールを飲みながら、先ほどの出来事を思い出しては、笑いが止まらなくなった。

そして、そっくりの顔を利用して「今度の日本語受験はアヅサが出て」「じゃあ英語の面接は代わりにユンが」などと悪事を次々と思いついてはヒーッヒッヒッヒ!と盛り上がった。

もちろん冗談とはいえ、ちょっと腹黒い性格まで似ているらしい。カンボジアにいる彼女のお母さんは、まさか今晩、私たちが天袋で替え玉受検を妄想して酒盛りしているとは夢にも思っていないだろう。

 

文/白石あづさ

 

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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