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BMWの助手席で見た20台以上のウォークマン

『A LONG VACATION』(1981年)発表直後、六本木でインタビューをした。2時間ほどのインタビューが終わって帰ろうとしたら、大滝詠一から“岩田クン、ちょっと時間がある?”と言われた。“もちろんです”とぼくは応じた。インタビュー場所のすぐ近くにあった有料駐車場へとふたりで歩いた。古いアメリカ車マニアとして知られる大滝詠一だが、それは『A LONG VACATION』大ヒット以降のことで、当時は型落ちのBMW525iに乗っていた。なにかそのBMWのほど良い汚れ具合が妙に大滝詠一に似合っていると一瞬思った。

ドアロックを解除した大滝詠一は運転席に乗り込むと“これ、見て”と言った。ぼくは驚いて“ええ~、これって!”と絶句した。その助手席には、ウォークマン・タイプの小型カセットデッキが山のように積まれていた。その数20台以上はあった。元祖のソニー・ウォークマンはもちろん、他社の類似製品、アメリカ人が使いそうな大型のウォークマン、バッタモノらしき出所不明のウォークマン…。

“これで、日本で手に入るやつはほとんど集めたんじゃないかなぁ”と大滝詠一。ぼくは“趣味なんですか?”と訊いた。“いやね、今はウォークマンで音楽を聴く人が多いから、俺の音楽がこういった機械でどうなるかリサーチしてるんだ”。そう言うと大滝詠一はファンにはお馴染みのあのなんともいえないスマイルでぼくを見つめたのだった。何故あの時、大滝詠一がぼくに多数のウォークマンを見せてくれたのかは真意不明だ。ただ、プロとして何かをやるなら、これくらいは当たり前だと教えてくれていた気がする。

1981年のアルバム『A LONG VACATION』(中央上段左)と84年の『EACH TIME』(同右)。『EACH TIME』を最後に、2013年に亡くなるまで、新たなオリジナル・アルバムが作られることはなかった

「貸しレコード屋は俺の敵だよ、アハハハ…」

そういえば『A LONG VACATION』発売後にも大滝詠一らしい発言があった。“岩田クン、今『A LONG VACATION』、どのくらい売れてると思う?”と訊かれた。“ミリオン(100万枚)近くですか?”とぼくは応じた。応じながら、ミュージシャンにインタビューしても自分のアルバムのセールス枚数を訊ねる人は少ないなと思ったものだ。

“いずれミリオンは行くと思うけど、今現在は80万枚少々ってところかな”と大滝詠一。“なんで、そんなに正確な販売枚数を知っているんですか?”と訊き返した。

“俺は常にリサーチしてるからね。そのリサーチによると、貸しレコード屋で80万回以上、借りられてるんだ。だから、実売枚数と合計すると160万枚。ほんとは160万枚売れてるはずなのにねぇ。貸しレコード屋は俺の敵だよ、アハハハ…”

とにかく徹底的にリサーチする。その結果を分析し、思考化、肉体化する。そういったことを“大滝詠一師匠”は、ぼくに叩きこんでくれた。収集、リサーチ、分析。それは趣味の領域を越えて、大滝詠一という人の生きざまだったと思う。素人が直感だけで物ごとを言い切ってしまう愚かさをぼくに教えてくれた

岩田由記夫

岩田由記夫

1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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岩田由記夫
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