ブックカバーと手帳カバーに特化 2015年に「伊豆のお針子無生庵」を立ち上げる
2011年のことですが、当時の内閣府と地元NPO法人の共催で、「社会起業家育成の為のインキュベーション」が開催されました。私は全カリキュラムを受講し、最後に提出したビジネス構想が幸いにも採択されたのです。これを契機として、2015年春に正式に「伊豆のお針子無生庵」を立ち上げました。
この「採択」をきっかけに、私は、制作対象をブックカバー・手帳カバーに特化し、制作理念を「文字活字文化、染織工芸文化、手仕事文化の啓発」に置きました。これらの文化は、心の豊かさを形成するために日本人が永きにわたり培ってきた精神文化であり、伝統文化です。決してなくなることはないのですが、時代の流れとともに減少傾向にあるもののひとつといえるでしょう
特に繊維産業などは着物を日常で着なくなって以降、衰退の一途を辿っています。私はこのことを学生時代に「日本の繊維産業の行方」として学んだとき、大変危惧したものでした。そして今日、このような起業の機会を与えられたなかで、制作理念として反映させたのです。
「伊豆のお針子無生庵」という名称ですが、「伊豆のお針子」はご存じのようにあの川端康成の名作『伊豆の踊子』のもじりです。私が北伊豆出身のお針子ですので、冗談交じりに自身のことをそう名付けていたのです。それで起業の際にとっさに頭につけてしまったのですが、私と同じような考えの方が伊豆には数人いることがわかり、「無生庵」をあえて付け足したのです。
「無生庵」はアトリエの名称でもあり、私の人生後年の理想とする生き方の象徴でもあります。「庵のような澄んだ簡素な空間で、針をもって無心に生きる」。とはいえ、なかなか無に生きることは俗人にはできないことで、時には、「無精者の庵」と化すこともあるのですけれど…。
他の伊豆のお針子さんと重複しないためにも「伊豆のお針子無生庵」のロゴマークを自身でデザインし、商標登録しました。そういう意味でロゴマークも私の手創り作品なのです。「手づくり」というのは愛着が湧くものです。自身の作品のブランディングのためにも楽しい工程でした。
コロナ禍にあって、人の心のありかたに変化が生じています。ページをめくり紙の本を読むことが好きになったという若者とか、LPレコードの人気復活とか、人々は何か温もりを探し始めているような感がします。今こそ社会には、豊かな心を醸成するためにも、経済成長より心の成長を望みます。「少欲知足(しょうよくちそく)」「足るを知る者は富む」。このブックカバーが、そんな思いにつながればと願っています。
高橋洋美
「伊豆のお針子無生庵」庵主、クラフト作家、社会起業家。静岡県出身。中央大学経済学部産業経済学科卒。松下電器産業株式会社(現パナソニック)本社に入社。結婚後は在宅で、手染め、手編み、手縫い等の手仕事の技術を習得し、各地の染織工房などを探訪する。2011年、社会起業家育成のためのインキュベーション事業の募集ビジネス構想が採択されたことを契機に、2015年3月、「伊豆のお針子無生庵」を立ち上げる。日本の伝統染織布地を素材とした手縫いによるブックカバー・手帳カバーは、3千円~3万円ほど。購入方法は、「伊豆のお針子無生庵」のホームページで。
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