ワインの海、小ネタの浜辺

「缶ワイン」のブームはアメリカから 市場は“100倍”に成長【ワインの海、小ネタの浜辺】第10話

缶入りのワインがじわじわとその存在感を増している。この動きの背後には何があるのだろう? また、「缶ワイン」は日本の、いや世界の飲料シーンを大きく変える存在に成長するのだろうか? サントリーが缶ワイン「ONE WINE」を…

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缶入りのワインがじわじわとその存在感を増している。この動きの背後には何があるのだろう? また、「缶ワイン」は日本の、いや世界の飲料シーンを大きく変える存在に成長するのだろうか?

サントリーが缶ワイン「ONE WINE」を新発売 250mlは「適量」

2021年10月に缶ワイン「ONE WINE」(赤2種、白2種、税込550円※公式オンラインショップ2022/2/14時点価格)を新発売したサントリーの事例から見てみよう。

前提にあったのはここ数年のワイン市場の動きだ。2021年、コロナ禍の影響で日本のワインの売り上げは伸び悩み、業務用で前年比−5%、家庭用で−3%と見られている(いずれも金額ベース)。しかし、コロナ禍以前の19年と21年のワイン購入者数を比較したデータによると、21年は104%と伸びている。中でも注目すべきは、20〜30代の伸び率が115%と他の世代よりも高いことだ。若者のお酒離れが叫ばれて久しいが、コロナ禍の間に彼らがワインを飲む機会はむしろ増えていたのだ。既にポテンシャルが上がり始めているこの世代を「ワイン好き」に定着させることができれば、ワイン業界の未来は明るいに違いない。

一方、消費者はワインを飲むことについて潜在的な課題を抱えているという調査結果がある。端的に言うと、「ワインは好きだけど、ボトル1本は多すぎてとても飲みきれないし、ラベルに記載されている情報は難しくて面倒くさい」というもの。この「障壁」と言ってもいいような課題をクリアするべく企画されたのが、容量250mlで、ワインの内容をデザインで簡潔に表した缶ワイン「ONE WINE」だった。

250mlはグラス約2杯分(通常の750ml入りボトルの3分の1)。消費者リサーチによると、1回当たりのワイン飲用量がグラス2杯以下という人が約6割を占めたそうだ。つまり250mlは多くの消費者にとっての「適量」と言える。缶入りにすることで、飲み手はボトルに付随する「ラベル」「抜栓(オープナー)」「重さ」から解放される。「面倒くさい」から「手軽」へのシフトというわけだ。

「ONE WINE」のラインナップ。左から、シャルドネ、ピノノワール、ソーヴィニヨンブラン、メルロ。2021年8月、クラウドファンディング・サイト「Makuake」で先行販売され、24時間で2000本が完売したことも話題になった

「特別な時にみんなで」から「1人でも、1杯からでも」へ 

サントリー自身が2021年3月から発売している缶入りスパークリングワイン「ボッリチーニ」がそうであるように、従来の缶ワインは、低アルコールで軽めの味わいで、発泡性であることが多かった。グラスを使わず、缶ビールやRTD飲料のように缶から直接飲むスタイルがすんなりと馴染む設計か。それに対し「ONE WINE」は、「本格缶ワイン」と銘打っている通り、ボトルワイン並みの品質にこだわった。南仏ラングドック・ルーション地区で栽培されたブドウからボジョレーの名門ジョルジュ・デュブッフ社が選んだ、赤白各2品種を、いずれも単一品種で醸造、品種別の4種──ソーヴィニヨンブラン、シャルドネ、ピノノワール、メルロ──に仕立てている。

テイスティングしてみたが、いずれも品種特性がよく出ていて、飲み応えも申し分なかった。1缶550円ということは、単純に3倍してボトルサイズに換算すると1650円。同価格帯のボトルワインと比べて遜色はないと感じた。数人集まって4種を少しずつ飲み比べ、品種による味わいの違いや、どの品種が好みかを語り合うのも楽しいだろう。

サントリー担当者によると、「ONE WINE」の滑り出しは順調とのこと。その手応えについて、こんなコメントを寄せてくれた。
〈この商品の発売により、お客様のワイン体験は、これまでの「特別な時にみんなで集まって愉しむ」ものから「1人でも、1杯からでも気軽に愉しめる」ものに変革され、ワインというお酒だからこその豊かなひとときを愉しめる接点を増やすことができたと思っています〉

「ボッリチーニ」のスパークリング・白(左)とスパークリング・ロゼ(右)。先行発売されたアメリカでは輸入スパークリング缶ワイン販売実績No.1に輝いた

アメリカでは2016年から売上アップ

ところで、そもそも缶ワインのブームは“世界一のワイン消費国”アメリカが発祥である。

アメリカで缶ワインの売上が急伸し始めたのは2016年あたりからだ。ニールセンが発表したデータによると、12年に200万ドルほどの市場規模だったのが、2018年には6900万ドルを超えるまでに成長した。別のデータによると、20年の売上は約2億ドルで、前年比68%増だった(MARKET WATCH)。乱暴なのは承知の上で両方をつなげて見ると、8年間で100倍になったという計算になる。これはもはや「フェノメノン(現象)」と呼ぶべきレベルの動きではないか。

複数のメディアに書かれた分析から推測すると、ブームの背景には、
(1)ワインを飲むシチュエーションの変化
(2)酒量の抑制
(3)コストの節約
がある。
(1)は、休暇で出かける自然の中やボートの上などを指す。軽量で、落としても割れないのは便利だ。日本でも空前のキャンプブームだが、アウトドアと缶ワインはいかにも親和性が高そうに見える。(2)には米国内に800万人以上の患者がいるというアルコール依存症の影がチラリ。アルコール関連の原因で1年間に死亡した米国人の数は、1999年から2017年までの間に2倍以上に増えたとの研究報告がある。アメリカで流通している缶ワインのサイズは、187ml、250ml、375mlだが、375mlよりも250mlや187mlの方がニーズが高いそうだ。(3)はコロナ禍に見舞われて以降、さらに切実な問題になっているだろう。

大手ビール会社が参入

ブームに拍車をかけたのが大手ビール会社の参入だった。バドワイザーなどを要する世界屈指の酒類メーカー、アンハイザー・ブッシュ・インベブが19年6月にBABEという缶ワインのブランドを買収、スーパーモデルのエミリー・ラタコウスキーを「公式チーフ・オブ・テイスト」(つまりCMキャラクター?)に起用、NFLで初の公式ワインスポンサーになり、試合が開催されるスタジアムでBABEが販売されるなど、缶ワインの認知向上に大きな役割を果たした(スタジアムで缶ワインって、いかにも似合いそうだ)。

さて、缶ワインは近い将来、ボトルワインを駆逐してしまうのだろうか? 僕のアメリカ人の友人で、ペンシルベニア州フィラデルフィアでワイン商を営むBさんに実際のところを訊いてみた。

──風の噂にアメリカでは缶ワインにグラスを添えて出す飲食店があるって聞いたけど、本当?
Bさん「僕は知らないけど、あってもおかしくはないね」
──缶ワインがブームだって感じている?
Bさん「それがまだそれほどでもないんだよ。缶だと、どのサイズが最適なのかという問題の結論がまだ出ていなくてね。そこが問題だね」

うーむ。統計の数字ほどには「現場」は盛り上がっていないように見える。参考になるかも知れないとBさんがリンクを送ってくれたワイン業界向けメディア「Advisor Wine Industry Network」によると、〈確かに缶ワインの売り上げは伸びている。が、2020年の売り上げは、缶ワインが約2億ドルであったのに対し、ワイン全体の規模は700億ドルであったことを考慮しなくてはならない〉とのこと。米国で過去3年間に缶ワインの認知度は飛躍的に伸びたものの、ワイン消費者の10人に4人はまだワインに缶入りのものがあることすら知らない、とのデータも紹介されていた。この現実を「急伸はしているけど、ほんの些細な動き」と見るか「将来的なポテンシャルが極めて高い」と見るかは、受け手によって変わるだろう。

缶ワインを提供するカフェ

ところで、「缶ワインにグラスを添えて出す飲食店」について、なんと日本国内から有力な情報が入ってきた。僕がこの話題にこだわるのは、「グラスを添えてサーヴィス」は缶ワインの格と大きく関わるからだ。

情報をくれたのは、神戸でワインの輸入会社を営むHさん。アメリカの缶ワイン市場でリーダー的な役割を果たしているプレミアム缶ワイン「アンダーウッドUNDER WOOD」(赤、ロゼ、白、スパークリング、ロゼスパークリングの5種。容量250ml、税込990円)を2019年から輸入・販売している。「アンダーウッド」を造っているのはアメリカ・オレゴン州の〈ユニオン・ワイン・カンパニー〉。オレゴンはピノノワールやピノグリから世界を驚かせる高品質ワインを生み出している一級のワイン産地である。

「アンダーウッド」のラインナップ。左から、ロゼ・バブル、ザ・バブル、ピノノワール、ロゼワイン、ピノグリ

Hさんによると、「アンダーウッド」はディーン&デルーカや東急フードショーといった大都市圏の高級食材店や百貨店などで売られており、売れ行き・評判ともに上々。加えて、都内の数軒の飲食店でも提供されているとのこと。そのうちの1軒、表参道の「クリスクロス」に電話して様子を訊いてみた。サラダやサンドイッチといった軽食からアントレまで出すカフェだ。ドリンクメニューにはクラフトビールやカクテルに加えて缶ワイン2銘柄5種が載っている(新型コロナ蔓延防止等重点措置の適用期間中はアルコール類の販売は行われていない)。スタッフによると、缶ワインはグラスとともに提供し、客の求めに応じてその場でグラスに注ぐこともあるという。「缶入り」に反応を示す客が多いそうだ。

僕も「アンダーウッド」を試飲してみた。白(品種はピノグリ)は洋梨やハーブのリフレッシングな香り。ロゼ(ピノグリ、ミシュカなど5品種のブレンド)はバラの花、木イチゴ、オレンジピールの香りがあって妖艶。赤(ピノノワール)は赤い果実のチャーミングな香りにスモーキーさとアーシーなトーンが深みを与えている。口に含むとイノシン酸系の旨みが広がった。いずれも申し分のない品質で、オレゴン・ワインらしさも備えていた。

さらに深掘りしたくなって、〈ユニオン・ワイン・カンパニー〉のオーナーのライアン・ヒーヒム氏に直接メール取材を試みた。

──どのような経緯で缶ワインを生産することに?
ヒーヒム氏「実は缶ワインのアイデアは、私たちのクリエイティブなブレインストーミングのセッションから生まれたものなのです。オレゴンのクラフトワインのあるべき姿は何か、という基本からスタートしました。小指を立てないでワインを飲むとどんな感じがするのか、ビールだったら小指を立てて飲むのは難しいよねという話になりました。それで、ワインもビールのようにどこにでも持っていけるようになったら楽しいだろうと。6本パックの缶ワインを持って川やキャンプに行くというアイデアで盛り上がって、そのまま今に至っているのです」

「アンダーウッド」のデビューは2013年、フィースト・ポートランドというイベントの会場でのことだった。それは、ワインにまつわる小うるさい決め事が多すぎるのではないかという主張をシェアするためのイベントだった。シトロエンのヴィンテージヴァンで提供した缶ワインは好評を博し、正式な商品化が決まったそうだ。いかにもアメリカ西海岸のクラフトムーブメントらしい、カジュアルでリラックスした光景が目に浮かぶ。

──缶ワインの将来についてどんな展望を持っていますか?
ヒーヒム氏「このカテゴリーには大きな未来と成長があると思います。ワインをベースにした飲料、例えばスプリッツァーなども進化を続けており、これらの飲み物と飲み手にとって缶が素晴らしいパッケージだと認識されるようになると信じています」

缶ワインには大きな未来を感じる

「缶ワイン」のムーブメントは、まださざなみに過ぎないかもしれない。俯瞰すると、それはまだ「瓶入り」に寄り添うべきか、独自の道を歩むべきかを決めかねているようにも見える。が、現時点での波のサイズは重要ではないのかもしれない。一度立った波は思いのほか遠くまで届くものだから。

ワインの海は深く広い‥‥。

Photo by Yasuyuki Ukita
Special thanks to サントリーワインインターナショナル株式会社、株式会社KOBEインターナショナル、Bob Trimble、Ryan M. Harms

浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。

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