缶ワインを提供するカフェ
ところで、「缶ワインにグラスを添えて出す飲食店」について、なんと日本国内から有力な情報が入ってきた。僕がこの話題にこだわるのは、「グラスを添えてサーヴィス」は缶ワインの格と大きく関わるからだ。
情報をくれたのは、神戸でワインの輸入会社を営むHさん。アメリカの缶ワイン市場でリーダー的な役割を果たしているプレミアム缶ワイン「アンダーウッドUNDER WOOD」(赤、ロゼ、白、スパークリング、ロゼスパークリングの5種。容量250ml、税込990円)を2019年から輸入・販売している。「アンダーウッド」を造っているのはアメリカ・オレゴン州の〈ユニオン・ワイン・カンパニー〉。オレゴンはピノノワールやピノグリから世界を驚かせる高品質ワインを生み出している一級のワイン産地である。
Hさんによると、「アンダーウッド」はディーン&デルーカや東急フードショーといった大都市圏の高級食材店や百貨店などで売られており、売れ行き・評判ともに上々。加えて、都内の数軒の飲食店でも提供されているとのこと。そのうちの1軒、表参道の「クリスクロス」に電話して様子を訊いてみた。サラダやサンドイッチといった軽食からアントレまで出すカフェだ。ドリンクメニューにはクラフトビールやカクテルに加えて缶ワイン2銘柄5種が載っている(新型コロナ蔓延防止等重点措置の適用期間中はアルコール類の販売は行われていない)。スタッフによると、缶ワインはグラスとともに提供し、客の求めに応じてその場でグラスに注ぐこともあるという。「缶入り」に反応を示す客が多いそうだ。
僕も「アンダーウッド」を試飲してみた。白(品種はピノグリ)は洋梨やハーブのリフレッシングな香り。ロゼ(ピノグリ、ミシュカなど5品種のブレンド)はバラの花、木イチゴ、オレンジピールの香りがあって妖艶。赤(ピノノワール)は赤い果実のチャーミングな香りにスモーキーさとアーシーなトーンが深みを与えている。口に含むとイノシン酸系の旨みが広がった。いずれも申し分のない品質で、オレゴン・ワインらしさも備えていた。
さらに深掘りしたくなって、〈ユニオン・ワイン・カンパニー〉のオーナーのライアン・ヒーヒム氏に直接メール取材を試みた。
──どのような経緯で缶ワインを生産することに?
ヒーヒム氏「実は缶ワインのアイデアは、私たちのクリエイティブなブレインストーミングのセッションから生まれたものなのです。オレゴンのクラフトワインのあるべき姿は何か、という基本からスタートしました。小指を立てないでワインを飲むとどんな感じがするのか、ビールだったら小指を立てて飲むのは難しいよねという話になりました。それで、ワインもビールのようにどこにでも持っていけるようになったら楽しいだろうと。6本パックの缶ワインを持って川やキャンプに行くというアイデアで盛り上がって、そのまま今に至っているのです」
「アンダーウッド」のデビューは2013年、フィースト・ポートランドというイベントの会場でのことだった。それは、ワインにまつわる小うるさい決め事が多すぎるのではないかという主張をシェアするためのイベントだった。シトロエンのヴィンテージヴァンで提供した缶ワインは好評を博し、正式な商品化が決まったそうだ。いかにもアメリカ西海岸のクラフトムーブメントらしい、カジュアルでリラックスした光景が目に浮かぶ。
──缶ワインの将来についてどんな展望を持っていますか?
ヒーヒム氏「このカテゴリーには大きな未来と成長があると思います。ワインをベースにした飲料、例えばスプリッツァーなども進化を続けており、これらの飲み物と飲み手にとって缶が素晴らしいパッケージだと認識されるようになると信じています」
「缶ワイン」のムーブメントは、まださざなみに過ぎないかもしれない。俯瞰すると、それはまだ「瓶入り」に寄り添うべきか、独自の道を歩むべきかを決めかねているようにも見える。が、現時点での波のサイズは重要ではないのかもしれない。一度立った波は思いのほか遠くまで届くものだから。
ワインの海は深く広い‥‥。
Photo by Yasuyuki Ukita
Special thanks to サントリーワインインターナショナル株式会社、株式会社KOBEインターナショナル、Bob Trimble、Ryan M. Harms
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。