「マージ―ビートで唄わせて」 リヴァプール・サウンズへの愛 私的3曲その2は1984年のアルバム『VARIETY』からシングル・カットされた「マージ―ビートで唄わせて」。ザ・ビートルズに代表された1960年代のリヴァプー…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。竹内まりやの最終回では、例のごとく筆者の私的ベスト3を紹介します。1978年のデビューから40年以上が経過した現在も、その楽曲の数々はファンのみならず多くの人の耳に届き続けています。特に近年は、YouTubeの影響もあって、1985年発売のシングル「PLASTIC LOVE」が海外でも人気に。余波を受けた形で、2021年11月3日には、「PLASTIC LOVE」のアナログ・レコード(12インチ・シングル、完全生産限定盤)がリリースされ、話題となりました。この名曲とは別に、筆者が挙げるベスト3とは……。
山下達郎の生家に貼ってあったポスター
竹内まりやの音楽体験は日本のグループ・サウンズ(GS)、ザ・ビートルズ、1960年代のアメリカン・ポップスなどから始まっている。高校生の時にアメリカ留学を、そこでラジオから聴いた音楽も彼女の音楽的背景になっている。
1978年、デビューを前にした彼女と逢った時は、前記の音楽に加えて、ザ・バンド、イーグルスなどアメリカのアーシーなロックが好みなことも教えてくれた。とにかく音楽好きで、ミュージシャンである以前にコアな音楽ファンという印象だった。
後に夫となる山下達郎も様々な音楽を聴いて育ち、徐々にソウル・ミュージックに傾倒して行った。竹内まりやは山下達郎と交際を始めた時、音楽的趣味がもしかして異なるのではと少し心配していた。それもすぐに解消されたのだが。彼女が初めて山下達郎の生家を訪問した時、少年だった彼の部屋を見せてもらった。その部屋の壁に貼ってあったのが、竹内まりやも好きなジャクソン・ブラウンのポスターだったと教えてもらったことがある。山下達郎が壁にポスターを貼るほどジャクソン・ブラウンのファンだったことを知ってホッとしたという。
「SEPTEMBER」 大人の女性へ移る刹那の時を捉えた名曲
竹内まりやはこれまで11枚のオリジナル・アルバムを発表している。2022年でデビュー44年になるから、同時代のユーミンや中島みゆきに比べて寡作と言っていいだろう。それでもこの11枚に加えて、『Longtime Favorites』のようなカヴァー・アルバム、他のミュージシャンに提供した楽曲もあるのでかなりの楽曲数に及ぶ。その中から私的3曲に絞るのは難しかった。
私的3曲その1は1980年のアルバム『LOVE SONGS』から先行シングルとして発売された「SEPTEMBER」。この頃の彼女はシンガー・ソングライターとしての才能をすでに開花させ始めていたが、まだ提供された楽曲も数多く歌っていた。「SEPTEMBER」は作詞が松本隆、作曲が林哲司だった。今でも数少ない彼女のライヴでは必ずといっていいほど、この曲は歌われる。この曲が録音された時、彼女は24歳。単なる失恋ソングでなく青春時代から大人の女性へ移る刹那の時を捉えた名曲だと思う。彼女のヴォーカルは多くの人々の最後の青春を代弁している。
「マージ―ビートで唄わせて」 リヴァプール・サウンズへの愛
私的3曲その2は1984年のアルバム『VARIETY』からシングル・カットされた「マージ―ビートで唄わせて」。ザ・ビートルズに代表された1960年代のリヴァプール・サウンズ~マージ―ビートへの愛が込められた曲だ。バック・ヴォーカルに竹内まりやの先輩でザ・ビートルズ・マニアの杉真理、プロデューサーの山下達郎の友人、伊藤銀次。山下達郎がデビューさせた故村田和人が参加している。村田和人はぼくの高校の後輩で、この時のレコーディングが楽しかったと語っていた。
「恋のひとこと」 フランク&ナンシー・シナトラのヒットカヴァー
私的3曲その3はオリジナル・アルバムでないカヴァー作の『Longtime Favorites』に収録された「恋のひとこと」。フランク・シナトラの娘ナンシー・シナトラ、1967年の全米NO.1ヒットのカヴァーだ。デュエット相手は故大滝詠一。原曲では、パパのフランク・シナトラとナンシーがデュエットしていた。大滝詠一が温かく竹内まりやを包み込んでいる珠玉の1曲だ。この『Longtime Favorites』には竹内まりやの音楽ルーツが伝わって来る選曲となっていた。
メロディーとビートが絶妙な「PLASTIC LOVE」
ここ数年、サブスクリプションを通じて、日本のシティ・ミュージックと呼ばれていた頃の楽曲が世界的にブレイクしている。竹内まりやの1985年のシングル「PLASTIC LOVE」もYouTubeから世界的にブレイクした。例えば「駅」などが好きな竹内まりやファンにとっては意外なブレイクかも知れない。
2021年の最新アルバム『好きなんだよ』でこの曲をカヴァー(リード・ヴォーカルはAyesha)しているクレイジーケンバンドの横山剣と逢った時、メロディーとビートが絶妙な曲なので、例えばソウル・ミュージックの好きなファンにとってはたまらない曲なのだと語っていた。竹内まりやを育てた様々な洋楽は彼女に汎世界的なセンスをもたらしたのだろう。彼女の作曲能力の高さを物語っている。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。