町工場を営んでいた父親の存在
1981年のある夏の夜、彼の生家を訪ねたことがある。工場に隣接した住居だった。世話好きという表現が似合う母親は何度も冷たい麦茶を運んでくれた。父親は無口な職人タイプの人だった。帰り際に“息子をよろしくお願いします”とお父さんは言った。
“高校を中退して親父の下で、旋盤工をしながらバンド活動をしていて、それがシャネルズになったんだ。親父には根っこのところで信用されているというか。男として認められちゃうと、人間、そんなにいつまでもやんちゃに生きられないよね”。マーティンはそう父親のことを語っていた。
マーティンはソウル・シンガーであることに誇りを持っている。自分でも曲が作れるのにあえてそこに拘わらず、ソウルを感じる他人の作品を中心に歌い続けている。そしてデビュー以来、恋人同士の愛というテーマも不変だ。そんな彼がそのスタイルを崩した曲がある。父親が他界した時だ。その曲は「もう一度生まれ来るならば」。1993年のアルバム『Perfume』のラストナンバーとして収められた。作詞・作曲は鈴木雅之。マーティンの父親はミュージシャンでは無かったが、人間の心意気は親から子へと伝えられる。それが続くのが人間の営みなのだと分かる名曲だ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。