寿司の歴史は工夫の歴史
江戸前の握り寿司というのは、江戸時代から多くの職人の工夫が積み重なって、今のやり方ができ上がっています。
たとえば軍艦巻きや手巻きにしても、江戸時代にはなかったやり方で、一人の職人が思いつき、それが広まっていったわけです。仕込みや味付けも、それぞれの店で、これだけは独自の仕事だというものがあります。
うちでも、細魚(さより)のゆず塩、煮浅蜊(にあさり)、煮蛤(にはまぐり)、煮穴子、カワハギの肝(きも)のせ、真鱈(まだら)の白子(しらこ)焼きといったものは、父と兄の仕事と親方の仕事、それぞれのいいところを折衷(せっちゅう)してあみだした自分だけのやり方です。
よく他所(よそ)の店の板前さんが食べに来ますが、このへんのネタの仕事について、「どうやってるんですか?」と聞かれることがありますが、別に秘伝になんかするつもりはありませんから、簡単にですが説明します。旨いと思ったから聞いたんでしょうし、その板前さん、お弟子さんと伝わっていけば、結局はお客様のためになることですから。
「私と口が合いますね」
もうひとつ、この稼業を長くやってきて面白いなあと思うのは、人の味覚は十人十色だということ。うちの煮蛤は旨いと喜んでくださるお客さんが多いんですが、中には甘いという方もいらっしゃいます。甘い、辛い、酸っぱい、しょっぱい、苦い。お客さんの様子をうかがっていても、味の感覚はおひとりおひとり違っていて、すべての人が一致するなんてことはないようです。
ですから、誰もが最高だと感じる味なんてものはありゃしないんですね。そんなものを追求しても、こんがらかって疲れるだけでしょう。それに気づいてからは、だんだんと自分の味を出すようになりました。お客様に「これは美味しいね」と褒めていただいたら、「私と口が合いますね」と答えます。
こだわりがないのが私のこだわりと書きましたが、お客さんに喜んでもらうためなら何をしてもいいじゃねえかと思っているからなんでしょうね。
クオリティの高い店には、それを求めてやってくる方を満足させるそれなりのやり方があるでしょう。回転寿司には、なるべく安く腹いっぱい寿司を食いたいというお客様を満足させるために徹底していることがあるでしょう。うちは下町の寿司屋です。掃除がゆき届いた清潔な店で、きちんと仕事をした寿司を手頃な値段で、そして、楽しい雰囲気の中で味わっていただく。
昔は寿司を握ることを「付ける」と言ったため、板前が仕事をする所を「付け場」とよびますが、私はこの付け場を板前の舞台だと考えて、日々笑顔を絶やさず、真心こめて「美味しくなーれ」と祈りながら握っております。あえて言えば、これが私のこだわりでしょうか。
(本文は、2012年6月15日刊『寿司屋の親父のひとり言』に加筆修正したものです)
すし 三ツ木
住所:東京都江東区富岡1‐13‐13
電話:03‐3641‐2863
営業時間:11:30~13:30、17:00~22:00
定休日:第3日曜日、月曜日
交通:地下鉄東西線門前仲町駅1番出口から徒歩1分