ワイナリー「ムーリラ」を買った理由
収蔵品は全てオーナー、デイヴィッド・ウォルシュ氏のコレクションである。
自閉症で、数字の記憶に関する並外れた才能を持っていたウォルシュ氏は、数学を学ぶうちに、独自のアルゴリズムを編み出し、「無茶をしなければ確実にギャンブルで儲けられる方法」を身につける。自らその理論を実践して大富豪となったウォルシュ氏が始めたのが美術作品の収集だった。
1995年、ウォルシュ氏は当時売りに出ていたワイナリー「ムーリラ」のエステート(ブドウ畑を含む農地)を「気まぐれに」購入する。そこはイタリア移民のクラウディオ・アルコルソが50年代に開いたタスマニア最初期のワイナリーの一つだった。「私はムーリラのすぐそばで育った。子供のころはよくその前を通ったものだ」とウォルシュ氏は語っている。ワイン造り以外にもムーリラを買う理由がウォルシュ氏にはあった。彼は「芸術倉庫」を探していたのだ。アルコルソが住居として建てたモダンなデザインの円形建築はそのまま残し、その周辺と地下を大きく改修してつくったのがMONAであった。
一方、ワイン造りの方は、さすがの天才ギャンブラーでも意のままにならなかったようだ。そこで、2007年にカナダ人の醸造家、コナー・ヴァン・デル・リー氏を迎えた。フランスのラングドック地方やシャンパーニュ地方、オーストラリア国内各地で研鑽を積んだ人物だ。
コナー(ファーストネームで呼ばせてもらおう)の案内でブドウ畑と醸造施設を見せてもらった。緩傾斜地に開かれた畑では、奇妙なブドウ木の仕立てを見た。一列に植えられたブドウの幹が一本ごとに左右に引っ張られ、古代ギリシャの竪琴のような形に仕立てられ、2列に分かれている。本来なら畝間(うねま)になるところに葉が茂り、実がなるのだから、畑の中を歩くのも大変だろう。
「これはモディファイド・ライア(改良型竪琴)と呼ばれています。フランスのアラン・カルボノーというブドウ栽培のエキスパートが70年代に開発した仕立てが、ワイン造りの歴史の浅かったタスマニアに間違ったかたちで紹介されたもので、島の幾つかの畑でも見られます」
こんなところにも辺境ワイン産地の、奮闘の歴史が垣間見える気がして感慨深かった。