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「ぐじ」 魚の干物で中が一番美味しいのか

極私的名曲その2は2002年のアルバム『瞳の青年』に収められた「ぐじ」。このアルバムの制作にとりかかる頃、ぼくと西岡たかしは1か月に1度は逢っていた。ある時、魚の干物の中で何が一番美味しいかという話になった。ふたりの結論はぐじの一夜干しで一致した。

ちなみにぐじという言い方は関西で多く、関東地方では甘鯛と呼ばれる。のどぐろ(赤ムツ)も美味いけど、ぐじが一番だよねということになった。ぼくは“西岡さん、いつかぐじの曲を作って下さい”とお願いした。酒席だったので、彼が覚えていたかどうかは不明だが、「ぐじ」という曲が新作に収められていた。ぐじの味の繊細さの中に、いのちの謎や哲学まで見出してしまうのが、西岡たかしという詩人なのだ。

このアルバムの録音中、スタジオを訪ねたことがあった。楽器と歌のレコーディングが終わって、マスターテープにするミックスダウン作業中だった。西岡たかしは2台のスピーカーに正対するのでなく、横向きに座って音を聴いていた。彼のスタジオを訪問するのは初めてだったので、横向きで曲をモニターするのは何故か、作業が終わった後に訊いた。

“片耳がほとんど聴こえないんです。でも、片耳が聴こえれば音楽はできますから”、そう教えられた。それまで西岡たかしとそんな話が出たことが無かったので少し驚いた。自分のことはほとんど語らず、いつも運命を飄飄(ひょうひょう)と受け入れている人であることを改めて認識したものだ。

「考えなくてもいいんだよ!」 常に悩める隣人の味方

極私的名曲その3は2012年発表の『おくのほそ道 抜粋』に収められた「考えなくてもいいんだよ!」だ。とても追い着いていけそうもない現代科学や文明のスピードに対して、“考えないでいるのが、一番いいかも知れないよ”と歌っている。コミカルな歌詞の中に日常のスピード感に圧倒されている人々への励ましと優しさがある。西岡たかしが常に悩める隣人の味方であることが伝わってくる。

2022年、西岡たかしは78歳になった。大阪でひとり、老人生活を満喫している。『おくのほそ道 抜粋』を最後にアルバムをリリースしていない。もう1枚、アルバムを作って欲しいと近しい人は声掛けし続けているが、なかなかその気になってくれないという。

西岡たかしや五つの赤い風船の作品の数々

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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