国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。鮎川誠の最終回は、本人の肉声を伝えながら、筆者の極私的ベスト3を紹介します。シーナ&ロケッツの音楽のこと、そして愛妻シーナのこと。どれも貴重な証言です。
鮎川誠を中心としたプロジェクト・バンド
シーナ&ロケッツの固定メンバーはヴォーカルのシーナ、ギターの鮎川誠以外は流動的だった。1992年のアルバム『(ha!ha!ha!)Hard Drug』では名手ジョニー吉長がドラムを担当したこともあった。だからシーナ&ロケッツはシーナと鮎川誠を中心としたプロジェクト・バンドだったと言える。
“オレはロックちゅうイメージが強いかも知れへんがガキの頃はロックなんて言葉はなかけん、音楽好きはポップスって呼んでた。ビートルズもローリング・ストーンズもキンクスも皆、ポップスに分けられてた。だから、シーナ&ロケッツの音楽はロックに今では60年代ポップスと呼ばれる音楽の雰囲気も入っちょるかも知れん”
鮎川誠は以前、シーナ&ロケッツの音楽をそう語っていた。
また鮎川誠はいわゆるニューヨーク・パンクと呼ばれたラモーンズのメンバーとも親交が深かった。だからシーナ&ロケッツのサウンドの中にはニューヨーク・パンクやロンドン・パンクのテイストを取り入れたものもある。ロックン・ロールをベースに60‘sポップス、ロック、パンクなどの要素を取り入れたサウンド、それがシーナ&ロケッツだったとぼくは思う。
「レモンティー」 軽快なロックン・ロール・タッチの曲
シーナ&ロケッツの極私的3曲を選ぶのは難しいが、まずはファンの間でも人気の高い「レモンティー」を選んだ。軽快なロックン・ロール・タッチのこの曲は、柴山俊之による詞がロックのイメージ~不良っぽい~を醸し出している。
“いまにもはちきれそう/熟した僕のレモン/一滴もこぼさず/あなたの紅茶の中に”
この詞はズバリ、セックスの暗喩と言えるだろう。そして鮎川誠が愛したザ・ローリング・ストーンズの「ブラウン・シュガー」をイメージさせる。ブラウン・シュガーとは女性器のスラングだった。レモンティーの甘酸っぱさ、恋、セックスを60‘sポップスとロックン・ロールでまとめ上げた手腕は見事だ。
「この道」 パンクな曲調にアレンジ
極私的3曲その2は“THIS WAY”という英語タイトルが付けられた「この道」だ。原曲は作詞北原白秋、作曲山田耕筰による唱歌だ。恐らく昭和世代なら誰でも知っているゆったりとしたテンポの名曲だ。それをイントロはセックス・ピストルズを思わせるパンクな曲調にアレンジしている。
“オレもシーナもこの曲が好きなんだ。で、ロックにして歌ったらと思ったら、あげなアレンジになった。フランク・シナトラに「マイ・ウェイ」という曲があるけど、日本人のマイ・ウェイは「この道」だと思っちょる”
そう教えてくれたことがあった。