国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。中島みゆきの最終回は、いつものように筆者による極私的ベスト3の紹介です。膨大な楽曲の中から選ばれたのは……。中島みゆきの音質へのこだわりを示す高音質CDの紹介部分も興味深い内容です。
高音質の「クリスタルディスク」
中島みゆきは自身のアルバムのプロデュースを数多く務めている。だから、ファンが実際に手にするディスクの再生音質まで拘っている。いち早くAPO盤を使って、再生時の良音を届けようとした。
APOとはアモルファス・ポリオレフィンのことでCDの音をよりよく再生できる素材だ。歪みが少なく、繊細で伸びのある音が出るのが特徴だ。通常のCD盤より少しコストは高くなるのだが、APO盤の採用は少しでも良質を届けたいという中島みゆきの思い故だと考える。
CDの究極的な素材は、ガラス~クリスタルが最適とされる。通常のCDに比べ、圧倒的にその再生音が良い。ただ、中島みゆきがクリスタルディスクとして販売し続けているこのCDは、強化ガラスでもある「超精度光学用ガラス」を使い、反射膜は純金なのでコストが高い。ディスク1枚が9万9000円(税込み)と超高価で、中島みゆきのホームページから購入できる。究極のみゆきファンは、このCDをコレクションしているらしい。
中島みゆきの発表した楽曲の総数は、ザ・ビートルズが残した楽曲数を凌ぐ。その膨大な楽曲の中から、3曲を選ぶのは難しい。シングルとして発売されていないアルバム収録曲も数多い。そこで今回は比較的、中島みゆきのファンには知られた曲から、極私的3曲を選ぶ。中島みゆきの名を知っていても、キチンと聴いたことが無いという方は、まず、この3曲を聴いて欲しい。
「時代」 日本のポピュラー・ミュージックのスタンダード
まずは「時代」を選ぶ。1975年の2枚目のシングルとしてヒットした。今では日本のポピュラー・ミュージックのスタンダードとなっている名曲だ。メロディーも歌詞も素晴らしいのはもちろんだが、ぼくはこの曲に中島みゆきの個人史を感じる。
1970年代、安保闘争の際、中島みゆきは反対運動の盛んだった北海道大学のキャンパスをしばしば訪れていた。そういったリアルな経験、アマチュア時代の思いなどをすべての人の“時代”に重ね合わせてしまった点が、この曲の凄さだと思う。そして“今日は倒れた旅人たちも/生まれ変わって歩きだすよ”という歌詞に中島みゆきの優しさと決意が感じ取れる。安保反対という“時代”に破れた人たちだけでなく、すべての挫折した者への応援歌になっている。