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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。中島みゆきの第5回は、筆者が「素顔の一端」に切り込みます。インタビューでなかなか私生活の話を引き出せなかったのが、ある日、口を開いて出てきたエピソードとは。そして「聴診器」の意味とは…。

生み出された楽曲の背景を知りたくて

素顔というか私生活を中島みゆきは、インタビューではなかなか見せてくれないタイプのミュージシャンだ。例えば若き日の松任谷由実は、彼女なりのちょっとした夜遊びとか、新婚当時は松任谷正隆と過ごす家庭の様子を語ってくれた。

竹内まりやは結婚したばかりの時、山下達郎と築く生活について語ってくれた。松任谷由実、竹内まりやと並ぶ昭和の三大女性シンガー・ソングライターとぼくが呼んでいる中島みゆきには、インタビューしていてもなかなか私生活の話にもっていけない場の空気があるのだ。

ミュージシャンが作る楽曲と私生活は、関係無いといえば関係無い。私生活ばかりを歌の素材にしている人なんて、ほとんどいない。けれども、どんな有名ミュージシャンとて人間。その楽曲の背景には、ふだんの暮らし~私生活が係わっているはずだとぼくは思う。

ミュージシャンがTVを観る。あるいは新聞を読む。そこに描かれた何かがミュージシャンのスウィッチを入れ、イメージが湧き、楽曲が誕生したとしよう。そのインタビューをする時、単にTV番組や新聞記事の話をするだけでなく、生活~私生活のどんな状況でそれを知ったのか訊ねたくなるのだ。

ぼくは2000人以上のミュージシャン、音楽関係者にインタビューしてきた。そしてインタビューとは出逢いであり、人間観察の場でもあると思っている。

中島みゆきの名盤の数々

「聴診器」は何に使うのか

いつも私生活の話となると、うまく躱(かわ)されてしまう中島みゆきだが、一度だけ彼女の奥の間に入ることを許されたことがあった。それは曲作りに於いて、どんな思いがあるのか、家庭での様子を訊ねた時の中島みゆきの答えだった。

“それは私だって落ち込むことはあるわよ。何となくイライラしたり、曲がなかなかできなかったり…とかね。ひと晩中寝ないで、曲を考えて、朝を迎えて。そんな時は早朝の庭に聴診器を持って出るの”

ぼくはびっくりして、“聴診器!?”と聞き返した。

“そう聴診器”。雨が上がって、朝を迎えて、空が明るくなり始めて、緑の香りがいっぱい。庭の端にある大きな木のところへ行って、聴診器を太い根っこの部分にあてるのね。そうすると聴診器を通して、ゴォーという音が耳に入ってくる。木が一生懸命、地中から水を吸ってる音が聞こえてくるのよ。ああ、木も頑張って生きてるんだなあと思って、その音を聴いていると心が安らいでくるの。それが私流のストレス解消法のひとつ。大地とか自然から元気をもらうわけ”

なんか、この話を語っているのを聞いていたぼくは呆然としていた。中島みゆきが北海道という自然豊かな大地に育ち、聴診器が日常にある医者の娘だということを忘れてしまっていた。中島みゆきがデビュー前に父の病院を手伝っていて聴診器が日常にあったことも忘れていた。話を切り込まなければいけないインタビュワーとしては、今思えば失格だった。だから、この話を聞いて、次に“それで?”としか返せなかった。

“でもね、朝早く、女がひとりでしゃがみ込んで、木に聴診器をあててるなんて、結構、変な光景でしょう。だから、中島みゆきは暗いなんて言われるんだわさ、ギャハッハッハ”。“それで?”というぼくの質問の答えがこれだった。

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