マズそうにものを食う妻を刺し殺したテトワース
快適な食事は人間の基本的な権利である。それを邪魔する者はたとえ長年つれ添った女房だろうと絶対に容赦しないのだ!
たとえ一食たりともゆるがせにしない紳士淑女たちがいる。毛一筋ほども食事に手抜きをしないこの人たちにとって、食べることは敬虔な祈りの時間であり、本能を脂肪とソースとワインでこころゆくまで満たす恍惚の瞬間であり、生と性のために活力をむさぼり啖うひたむきな闘いの時間でもある。
つまりは、食べることにまじめな人たち、食事をおろそかにできない思想が徹底している人たちが歴史上少なからずいるのである。
たとえばアーサー大王のころ、テトワースという豪放な騎士がいた。
テトワースは自分で〈男の中の男〉と名乗っていたが、日に6回食卓に向い、毎日二2頭の羊と20羽の鶏をたいらげ、戦場ではいっときも休まずに30時間も馬上から剣をふるい、馬に乗ったまま美女と交わるという豪の者だった。これ、騎上座位とでもいうのかしらん!?
このテトワース、ある夜の食卓で、突然立ち上がって剣を抜き放つや、かたわらで食事をしていた自分の女房の心臓をブスリ、あたりが制止する間もなく刺し殺してしまった。人人大いにおどろいて、
「なぜ、なぜ殺した?」
とつめよった。するとテトワースはかぶりついていた羊のローストから顔をあげてこういったものだ。
「こいつときたら、いくら教えても、まるでズブ濡れの泥棒猫みたいにビチャビチャとマズそうにものを食う。見ているだけでも胃に悪いわい」
テトワースにはただ食事を楽しくとりたいという願いがあっただけで、他意はない。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1934年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。