いまどき、東京で10年続く店だって頭が下がるのに、それどころか歴史を重ね続けること100年以上。長く受け継がれ、愛され続ける老舗には、味そのもの以上に、“語り伝えたい”味があります。寿司、洋食、バー、和菓子に惣菜、定食から駄菓子まで、今に継がれる味、そして新たな時代と共に生きていく味を、たっぷりご披露いたします。連載「100年超えの老舗の味」の今回は、東京・湯島『甘味処 みつばち 本店』をご紹介!
明治42年、氷業『嶋田屋』として創業
元祖や発祥の店と聞くと、どうにもこうにも胸がときめく。努力や奮闘の末にその味を完成させ、ひとつの時代やジャンルを創り上げたレジェンドたちの魂の仕事に触れるような気がするからだろう。正直言えば甘党ではないが、小倉アイス発祥とされるこの店の味を食べた日のことは鮮明に覚えている。
素朴な山にすうっとスプーンを滑り込ませ、すくった薄靄を口に含むと、舌の上でとろり、ひんやり小豆の甘い香り。正直な味だなあと思った。飾り立てない純朴な少女のような。器にスプーンが当たった時にカンッと小さく響く音がまた涼しげで、忙しさに追われていた心が緩やかにほぐれるのを感じた。夏の午後だったか。
元祖 小倉アイス(最中付き) 550円
「菊をイメージした錫の器は、100年ほど使っている店の伝統のものなんですよ」4代目の嶋田有子さんの朗らかな声にハッと我に返った。発祥の味に伝統の器とは特別感もなおさら。さて、物語の始まりは、こうである。明治42年に氷業『嶋田屋』として創業した店は、削った氷に煮た小豆を添えた「氷あずき」を提供していた。
ある時、初代が冷夏で売れ残った小豆をもったいないと思い、桶に入れて冷蔵庫で保存していたら……何とまあ。翌朝、周りが凍っていて、食べてみるとおいしくて。そこから甘さを調整して品書きに加えた。それが大当たり。大正4年。創業して6年目だった。「小倉羊羹をヒントに小倉アイスと名付けたそうです。材料は上質な大納言小豆、砂糖、塩、水だけ。レシピは当時のまま、変えていません」
「正直な味」と感じたのはこのシンプルな素材ゆえ。けれど、とろけるようななめらかさの秘密は何だろう。乳製品も使わないのに。その答えは「小豆の量が多いほど、ねっとり感が出るんです」。嶋田さんが教えてくれた。「小豆は手よりで虫食いなどを丁寧に取り除き、きれいな粒だけを選んで使います。お客様に見えない仕事も大事。おいしく召し上がってもらいたいから」