【付録】「音楽の達人“秘話”」担当編集者の私的ベスト3(声入り編)
坂本龍一さんは、ほぼリアルタイムで聴き続けてきた唯一の音楽家だ。YMO結成やソロデビューが1978年。YMOで存在を知って聴くようになったのが1980年ごろだと記憶しているので、もう40年以上になる。音楽は好きで、いろんなアーティストのCDやレコードを所有しているが、こんなにも長期にわたって定期的に作品を買い続けてきた人は坂本さんしかいない。これまでにも何度か取材や公演後に会う機会に恵まれ、貴重なお話をお聞きした。この連載の場を借りて、個人的に好きな3曲を挙げたい。作品数があまりにも多いので、あえて“声入り”の曲から選んだ。3曲とも坂本さんが歌っている。
「Perspective(パースペクティヴ)」
1983年12月、YMOの“散開ツアー”中にリリースされたアルバム『SERVICE(サーヴィス)』に収録。作詞のクレジットは「坂本龍一、ピーター・バラカン」。当時、YMOの事実上のラストアルバムだったこともあり、タイトルの持つ意味合いや、歌詞の内容、収録順が曲としては最後(この後にS.E.Tのコントが入っている)などから、メンバー3人の解散後を想像するとともに、聴くたびに自分自身の“これからの人生”を強く意識したものだ。ベストを選ぶのはとても難しいが、ヴォーカル入りという制約を設けなくても、坂本さんの楽曲の中で最も好きな曲といっていい。
坂本さんも気に入っていたのだろう。ソロコンサートでもピアノでたびたび弾いていたと思う。ピアノヴァージョンはソロアルバム『/04』(2004年)で、ピアノのインストゥルメンタルヴァージョンは無観客のオンラインピアノソロコンサートの音源を収録したライヴアルバム『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020』(2021年)などで聴くことができる。
「commmons(コモンズ)」のWebサイトで連載されている「私が好きな坂本龍一10選」で、高橋幸宏さんはこの曲を3番目に紹介している。
「美貌の青空」
ソロアルバム『SMOOCHY(スムーチー)』(1995年)に収録。作詞は、数々のヒット曲を生み出した売野雅勇(うりの・まさお)。哀愁を帯びた旋律、歌詞、アレンジなどから、欧州の石畳を歩きながら空を見上げている光景を想像した。とても個人的な感覚だが、アルバム発売の直前に、初めてポルトガルのリスボンを旅したことも影響したのだと思う。曲の印象が、人気のない旧市街アルファマ地区の路地を歩いていたときの雰囲気と重なり、聴く度にリスボンの街の空気を吸っているような感傷的な気分になる。
この曲も、坂本さんは繰り返し演奏して、その後のソロルバムにも収められている。『1996』(1996年)や『/04』では、ピアノとチェロ、ヴァイオリンの編成で聴くことができる。
「きみについて……。」
1983年の日本生命CM曲で、12インチシングルレコード『Life in Japan』に収録。このレコードは販促用だったため、当時はその存在すら知らず、いつか市販のレコード・CDに収められることを心待ちにしていた。1993年発売のCD『音楽図鑑完璧版』(計13曲)に追加収録されていることを知り、ようやく自宅のステレオで好きな時に聴くことができた。
ソロアルバム『音楽図鑑』は1984年10月発表の名盤だが、同曲はレコード(ボーナスシングル付き計11曲)には入っていなかった。実は、レコードと同時に発売されたカセットテープ(計12曲)には収録されていた。発売時には、音質を優先してレコードを購入した。カセットもレコード店で手に取った覚えがうっすらとあるのだが、まさか曲数が多いとは思わなかったのだろう。違いを認識できていなかった。ひょっとしたら、パッケージを裏返して収録曲(「君について」と表記)を目にしたかもしれないが、そもそもこのCM曲のタイトルを知らなかったと思うので、同曲だとは判別できなかっただろう。それに、録音用カセットはよく買っていたが、このような音楽カセットは自分にとっては購入の対象外だった。
今回久しぶりに手持ちのレコードの帯をよくよく見ると、“カセット(MIT-1001)日本生命CM曲「君について」追加収録”とある。購入時から今まで、この小さな記述が分からなかったということか。途中で気付いたとしても、カセットだということで結局食指が動かなかったのかもしれない。40年近く前に購入したこのレコードを久しく聴いていなかったこともあり、自分がどんなふうに思っていたのか、今となっては記憶がない。
人気コピーライター、糸井重里の歌詞は、父親が子供の時に将来の妻となる女性の存在を知らなかったことをつづる内容で、「僕はまだ君を知らない」と結ぶ。印象的なイントロと、未来の出逢いを夢想させる歌詞に、魅せられた。
数年前に、たまたま近所のお店で中古のレコードを見つけて手に入れることができた。ジャケットの目を閉じた坂本さんの写真を眺めていると、テレビのCMやラジオでしか聴けていなかったころのことを懐かしく思い出す。
坂本さん、こんなにも多くの楽曲を本当にありがとうございました。これからも、聴き続けます。堀晃和