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何の欲得も打算もなく、積み上げられて行くもの

日が落ちると、気温はたちまち氷点下に下がった。

葉の落ちた槐(えんじゅ)の並木道を、李先生は外套も着ずにはるばると私たちを送って下さった。

寒いからもうお帰り下さいと言うたびに、いったん立ち止まって握手を交わすのだが、しばらく歩いて振り返ると、名ごりおしげに後をついてこられるのであった。

私たちは再見(ツアイチエン)、再見と、かわるがわるに言って手を振った。

編集者もカメラマンも小説家も、先生にとっては「大好きな日本人」なのであろう。そう思えば、にわか仕込みの知識を並べつらねて世に問うたつもりの物語など、一文の値打ちもない。

先生は胡同の一隅の、あの古ぼけた四合院の部屋で、昼間は子供らに数学を教え、夜は小さな机にうずくまって、日本語の書物の翻訳をする。

80年の人生の間に自らがなしてきた大業にすら気付くこともなく、今までと同じように、これからもずっとそうして行くのであろう。

ようやく私たちの後を追うことをやめた先生は、冬枯れた槐の並木道に、老いた背を丸めて立ちつくしておられた。そしてときどき、私たちに向かって手を振った。

黄砂のとばりが小さな姿を隠してしまったとき、私たちはわけもなく、みな歩きながら泣いた。

先生の不遇な人生について嘆いたわけではない。私たちは、学問というものの正体を見たのだった。文化というものは、何の欲得も打算もなく、このようにして積み上げられて行くものなのだと、初めて知った。

黄砂の中に消えて行く先生の姿は、誇り高き支那の叡智(えいち)そのものだった。そして、清廉な士大夫(したいふ)の姿そのものだった。

いまふと思った。いったい先生は、いつまで手を振っていらしたのだろう。

李啼平老師。学問とは人の振り返るや否やにかかわらず、ひたすら平(たい)らかに啼(な)き続けること。

中国の旅は、私にこのことを教えてくれた。

(初出/週刊現代1997年2月8日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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