「丑うなぎ」という言葉が流行
そもそも、うなぎは食欲増進や抵抗力を高めるビタミンAや、疲労回復に良いとされるやビタミンB群が豊富で、他にも夏バテ予防に最適な栄養素を多く含んでいます。
スタミナのつく食べ物として古くから親しまれていたうなぎが、人気を博したのが江戸時代中期から。この頃、江戸ではうなぎを背開きにした蒲焼きを売る店がこぞって、江戸城前の東京湾の特定地帯で獲れたうなぎを他と差別化して、「江戸前うなぎ」とブランドに仕立て上げ、美味をウリにしていたとか。ブランド化されたうなぎは、多くの人々にとって垂涎(すいぜん)の的の食べ物だったといえるでしょう。
加えて、夏の暑い盛りに貴重なたんぱく源として精をつけるのにうなぎが一番とする、蒲焼屋の戦略と庶民の欲求が一致したのでしょうか。「丑うなぎ」という言葉が流行るほど、土用の丑の日にうなぎを食べる慣習が一気に広まりました。
飯野さんいわく、「現代のバレンタイン商戦と似ていて、チョコレートをバレンタインデーに結び付けて売り出す商戦が成功したように、江戸の蒲焼屋もうなぎを土用の丑の日と結び付けて、年中行事としていったのはないでしょうか」
この流れ、他の何かにも似ているような…。2000年以降、全国で親しまれるようになった2月の節分の行事食、恵方巻きにも当てはまるのではないでしょうか。発祥の起源は定かではないものの、コンビニやスーパーが主導となって、恵方を向いて太巻き寿司を丸かぶりすると縁起が良いとされ、いまやすっかり風習と化しつつあるのは、「丑うなぎ」と共通点があるように思われます。
江戸のアイディアマンにすがった?「確証はなし」
土用の丑の日にうなぎを食べるのが良いと諸説あるなかで、最もポピュラーなのが江戸の万能学者、平賀源内(1728頃~79年)が仕掛けたとされる俗説です。平賀源内が、友人の蒲焼屋から夏場にうなぎが売れずに困っているとの相談に応じて、「土用丑の日 滋養にうなぎを食べよう」とった内容の貼り紙をしたところ、商売繁盛、世間に広く認知されたというものです。
これについて飯野さんは「平賀源内説が広まったのは明治以降だと考えられますが、確証となる文献、史料は残されておりません」ときっぱり否定します。「アイディアマンとして有名な平賀源内の提案によるものと結び付けることで“もっともらしい話”として定着したのかもしれません」(飯野さん)。
やがて参勤交代によって、江戸の風習や話題が全国各地にもたらされるようになると、多くの日本人が夏バテ防止に良いとして土用の丑の日にうなぎをいただくようになりました。
江戸時代の蒲焼きは蒸していないのが一般的。「(個人的には)蒸さない蒲焼きが酒の肴に最高だ」と笑う飯野さんは、うなぎが日本人に長らく愛される理由についてこう話します。「熟練の職人のもと、脈々と受け継がれてきた捌(さば)き、味付け、焼きと随所に卓越した技が光るうなぎ料理は、最高の一品です。単品の食材だけで商売する店は、うなぎ料理店の他にほぼありません」
江戸時代、いや古代から日本人があやかってきたうなぎが持つ並外れた生命力を大切にいただいて、厳しい暑さを無事、乗り切りたいものです。
文・写真/中島幸恵