音楽の達人“秘話”

中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」は「テレビからのイメージで何となく出来た曲」 井上陽水自身は英語でもカヴァー

「飾りじゃないのよ涙は」中森明菜の突っ張りイメージ 極私的3曲その2は中森明菜に提供して大ヒットとなった「飾りじゃないのよ涙は」だ。 同世代のアイドル、松田聖子に対して中森明菜はどこか突っ張ったイメージがあった。そ んな…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」のシンガー・ソングライター、井上陽水の最終回は、恒例の筆者が選ぶ3曲を、挿話を盛り込みながらお届けします。

『氷の世界』発表から50年

日本初のミリオンセラー・アルバムとなった『氷の世界」が発表されたのは1973年。50 年の歳月が流れた。50年というのは大部分の方の人生の半分以上となる大変長い年月だ。

現代のミュージシャンたちの活動寿命が伸びたので“50周年記念”と銘打たれたアルバムも増えてきている。だが、その多くは懐しさこそ感じさせてくれるものの時による風化をまぬがれていないものは少ない。

現在、『氷の世界』を聴き直すと、時による風化が少ないことに驚かされる。そうなっている要因のひとつが詞の完成度の高さだ。

『氷の世界』の有名曲「心もよう」ひとつを見ても、現代に通じる普遍性をこの詞は獲得していると思う。風俗や流行は時と共に変化するが、変わらない人の心というものがあるとぼくは信じる。井上陽水はある意味、人の心を語るミュージシャンで、それ故に彼のほとんどの楽曲は普遍性を獲得しているのだと考える。

井上陽水の名盤の数々。上段右から2番目が、日本初のミリオンセラー・アルバム『氷の世界』(1973年12月1日リリース)

「傘がない」50年が過ぎても全く風化していない

井上陽水のレパートリーには名曲が数多くあるので、それらから極私的3曲を選ぶのは難しい作業だった。そこで彼のレパートリーだけでなく、包括的に彼の音楽活動を俯瞰して選曲をしてみた。

まずは本人名義の初のアルバム『断絶』から「傘がない」を選んだ。人間の8割は自分の人生や個人的なこと以外は無関心だと思う。悪い意味か良い意味なのかは分からないが、社会や政治に関わるより、日々の流れに身を任せている人たちは多いと思う。メッセージ性を持つ歌を歌うミュージシャンは、少しでも自分の世界だけでなく、外界に目を向けるように促す曲を作る。

「傘がない」はそういったミュージシャンたちが作るメッセージ・ソングと真逆の歌だ。 雨が降っているのに傘がない。それが問題だと歌われる。そこに人間の真理が描かれていると思う。メッセージ性を拒否したメッセージ・ソング、それが「傘がない」なのだ。そしてこの曲は50年以上過ぎた現在でもまったく風化していない。

井上陽水の名盤の数々

「飾りじゃないのよ涙は」中森明菜の突っ張りイメージ

極私的3曲その2は中森明菜に提供して大ヒットとなった「飾りじゃないのよ涙は」だ。 同世代のアイドル、松田聖子に対して中森明菜はどこか突っ張ったイメージがあった。そ んな彼女の突っ張りイメージと「飾りじゃないのよ涙は」はぴったりフィットしていた。

“自分は中森明菜さんのことはテレビで観る以外良く知らないけど、テレビから伝わってくるイメージから何となく曲が出来た”

こう井上陽水は語っている。後に陽水自身もセルフカヴァーした。『歌う見人(ケンジン)』というカセットブックでは「Tangerine Summers」という英題にして、英語で歌唱している。この曲にも思春期のある少女が持つ心を語る普遍性がある。

「星のフラメンコ」西郷輝彦の1966年のヒット曲

21世紀に入るとJ-POPシーンではカヴァー・ブームが起こった。それを先取りするように井上陽水は2001年『UNITED COVER』(ユナイテッド カヴァー)と題した全14曲入りのカヴァー・アルバムを リリースした。ザ・タイガースの「花の首飾り」、早川義夫の「サルビアの花」、西田佐知子の「コーヒー・ルンバ」、高峰秀子の「銀座カンカン娘」、石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」など選曲は多彩で、少年時代に聴いた曲 ミュージシャンを志してから知った愛聴曲が歌われる。

極私的3曲はこの『UNITED COVER』から「星のフラメンコ」を選んだ。原曲は西郷輝彦が1966年にヒットさせた。『UNITED COVER』は歌手井上陽水の凄さを再認識させてくれた。特に「星のフラメンコ」はまるで自分が作ったようなイメージを伝えてくる。有名な歌詞の出始め、”好きなんだけど”と歌い始めた井上陽水にやられたとぼくは思った。単なるシンガーとしてでもやって行ける人、そう感じた。

少々、変則的に極私的3曲を選んだが、絞り切れないほど井上陽水には名曲がある。

井上陽水の名盤の数々。左上が、1986年に発売されたカセットブック『歌う見人』。上段中央が、初アルバムの『断絶』(1972年5月1日発売)。左下が『UNITED COVER』(2001年5月30日発売)

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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