狼狽した役員たちがとった手段とは?
大会本部の裏方では、銀製トロフィーのプレートに勝利者の名前を刻むべく、彫金師が鑿(のみ)を片手に待機中だった。やがて遠方から地鳴りのような歓声がわき起こって、さしもの勝負にも決着がついた気配、彼は身構えた。そこに1人の男が飛び込んできて、こう叫んだのである。
「ボブがやったぞ、4連勝だ!」
彫金師は老眼鏡を掛け直すと、ためらいもなく台座に彼の本名、「Robert Ferguson」と刻み込んだ。
それから1時間後、クラブハウスの前で表彰式が行われるまで、彫金師のところに勝利者の名前が正式に伝達されなかった事実こそ、いまに残るミステリーというべきだろう。われらが英雄の敗北に落胆のあまり、役員が職務を忘れたのか、あるいは彫金師に対する伝達係を決めてなかったのか、それとも何かの故意が働いたのか、すべては歳月の彼方に消えた謎である。
やがて表彰式が行われた。優勝したウィリー・ファニーは、どちらかというと喜怒哀楽に無頓着、パッティングだけは鷹のような目つきに変化するが、それ以外の彼ときたら、第1回全英オープンの覇者、ウィリー・パークが言ったように、
「あいつの頭蓋骨には天窓があって、いつも春風が吹き込んでいるらしい」
そういう男だった。表彰式でも飄々として気取らず、周囲からの祝福に笑顔と握手で応えていた。
いま、まさに式典が始まろうとしたとき、役員のあいだに狼狽が走った。ただ事ではない気配だ。人々はトロフィーの周囲に集まり、息をのむ者、絶句して立ちすくむ者、短く悲鳴を上げる者、誰もが困惑の極みに居ても立ってもいられない様子だった。
役員の一人が、ウィリーを物陰に呼んで言った。
「済まないが表彰式は後日ということにしてもらえないか」
「俺はいつでもいいけど、何かあったのかね?」
役員には、どうしても本当のことが言えなかった。
「実は、君の名前の綴りを間違えてしまった」
「俺は一向に構わないよ」
「そ、そうは言っても、失礼極まりない話。すぐにプレートだけ作り直すから、10日ほど待ってもらえないだろうか?」
「いいとも。準備が出来たら、いつでも声をかけてくれよ」
世に善人は多くいるが、彼こそ極めつけの底抜けだった。その証拠に、当日は役員からの懇願に従って表彰式の真似事だけ演じてトロフィーは持ち帰らず、しかも、ついに死ぬまで舞台裏について漏らすことがなかった。実際の表彰式は2週間後、関係者10人ほどが集まってひそかに行われた。
地元の英雄が負けたことで、大観衆が悄然と引き揚げたのも一つの幸運だった。飾られたトロフィーの誤植に気づく者さえいないほど、真似事の表彰式は閑散としていた。かくして世紀の大チョンボは闇に葬られた。もし役員の1人が日記に記さず、子孫の1人が書庫の片隅からそれを発見しなければ、これは誰にも知られない話だった。
(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)
夏坂健
1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。