岩手県久慈市とは?「あまちゃん」のロケ地で一躍脚光
まずは岩手県久慈(くじ)市の場所についてご説明します。一番わかりやすい説明として、平成25(2013)年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」において、ドラマの舞台の1つである架空の市「北三陸市」のロケ地が久慈市です。
東京からは東北新幹線に乗り、二戸駅で降り、そこからスワロー号というバスで1時間程すると到着します。
横浜からは中々行きづらい場所でもあります。地域を把握したうえで、続いて「らーめんの千草」さんの歴史についてご説明いたします。
昭和23年に酪農家夫妻が「千草食堂」を開業、創業当時から鶏だけのスープ
創業は昭和23(1948)年。戦前は酪農家を営んでいた遠藤正夫さん、レイさん夫妻が、隣町で流行っていた支那そばをみて、これならば私たちにもできるのではと「千草食堂」を開業したのが始まりです。
千草のラーメンは創業当時から鶏100%で作られています。
そのルーツはレイさんの実家である岩手県葛巻町で振舞われていたキジ汁です。お客さんが来た時のおもてなしとして、ニワトリをつぶし、そばを打つという昔からの風習があり、これをラーメンにしてお客様にお出ししたらどうかという発想から始まったようです。
創業当時、麺は毎朝一番列車で八戸まで買出しに行っていたようですが、創業から数年後のある日、製麺風景を見てこれならば自分にもできるのではないかと思い、東京から製麺機を取り寄せ、自己流で作るようになったようです。
レイさんはスープ、タレ、ご飯炊きと、厨房のことはすべて一人でこなし、正夫さんは、麺作りを担当し、製麺が終わると店に出て、ホールを担当していたようです。
創業当時は交通の便が悪く、自家用車もあまり無かった時代で、特にとなり村である山形村(昭和20年、21年当時は木炭生産量日本一)から木炭を久慈駅まで運ぶトラックがあり、用事のある人たちはこれに乗せてもらい久慈へ来て用事を済ませ、千草食堂で食事をしてトラックの帰る時間まで待つという習慣があったようです。
先代曰く、この人たちが足しげく通っていただいたことが今の千草に繋がっているとのことです。
「岩手で一番になりたい」二代目の熱い思い
2023年に75周年を迎えた「らーめんの千草」の味は現在三代目へと引き継がれています。昭和41(1966)年、二代目となる遠藤勝さんが千草で働き始めます。
勝さんは服部料理専門学校卒業後、東京都内のレストランで修業。その後「岩手で1番になりたい」という想いの元、千草で働き始めます。
勝さんはラーメン作りに没頭し、さらに千草は繁盛店となり、久慈ではラーメンと言えば“千草”というくらいまで地元では知らない人がいないほどの有名店になりました。