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最新式デジタルカラオケにとどめを刺される

さて、そんなある夜、弾き語りどもがステージの合い間にたむろする六本木防衛庁ちかくの喫茶店で、妙な噂を耳にした。

新しく開店したクラブに、歌の伴奏をするキテレツな機械がある、というのである。そのときは、全く笑い話であった。私たちはみな、伴奏のレパートリーの多さを知っていたから、カセットテープなどで客のニーズに応えることなどできるはずはないと考えていたのである。

当時テープといえば、今でいうビデオカセットぐらいの大きさのある「8トラック」を指したので、1本に6曲か8曲ぐらいの伴奏が入っていたとしても、その量は膨大になるはずであり、機械操作の手間などを考えれば、私たちの代りをつとめるのはまず物理的に不可能であると思われた。

実のところ、それほど深くも考えなかったのである。どこそこのマネージャーがやめたとか、あの店に新しく入った女は美人だとかいう、たわいもない噂のひとつに過ぎなかった。いわんや、まさかその機械のために遠からずほぼ全員の弾き語りが失業の憂き目に遭おうなどとは―—。

草創期の8トラックカラオケというのは、たしかに怖るるには足らなかった。操作のために1人の店員がかかりきりにならねばならなかったし、客はイライラし、店はちらかった。

だから当初は、弾き語りが休憩に入る(他の店に行ってしまう)時間のつなぎとして使用されていたと思う。ステージに戻れば以前にも増して「待ってました」という空気が伝わった。カラオケは弾き語りのつなぎ、もしくは「ひきたてやく」としか認識されていなかった。

しかし、ほどなく登場した6トラックテープのカラオケ、すなわち小さなカセットを搭載したそれは、弾き語りたちの脅威となった。

8トラックに較べれば数分の一のサイズでありながら、数倍の容量と圧倒的な操作機能を持っていたのである。それは新機種というよりも、弓矢が鉄砲にとって代わられたようなものであった。

こうして、夜の巷(ちまた)にエポック・メイキングが訪れた。

私がヤバいと感じたのは、その機能性よりもむしろ、経営上の合理性であった。

リース料はどんなに高くたって、「先生」のギャラを上回ることはあるまい。風邪をひいて休む心配もないし、チップは店の収入となる。夜食を食わせる必要もないし、まさかカラオケが店の女とフラチな関係を結ぶこともない。

つまり、ときどきは「できません」「知りません」とは言うが、鼻持ちならぬ「先生」よりは、まちがいなく店のためになるのである。

つごう4軒のステージが、3軒になり、2軒になった。喫茶店にたむろする弾き語りも、目に見えて減って行った。需要のバランスにより、いつしか「先生」が「浅ちゃん」に変った。

私が1軒だけの専属になってしまったのは、6トラック機の登場からわずか1年後のことであったと思う。

私は実家がご同業であり、手先も器用だったので、忙しいときはウェイターやコックの代りができたから、その能力を付加価値として依然弾き語りを続けていたのであった。私は黄金時代最後の弾き語りであった。

ある夕刻、ギター片手に「おはよーございまーす」と出勤してみると、開店前の店内が騒々しい。何やら機械を運び出している。ざまあみろ、とうとうカラオケめブッこわれたか、と思いきや、ステージのスポットライトの下には最新式デジタルカラオケが鎮座ましましているのであった。マスターは呆然と立ちすくむ私に言った。

「浅ちゃん、悪いけど今日からキッチンに入ってよ!」

こうして私は、フォアグラや太宰治と同じぐらいカラオケが嫌いになった。

願わくば「小説カラオケ」が発明されぬことを祈るばかりである。マサカとは思うが、私は今さら講談社の社員食堂で働きたくはない。

(初出/週刊現代1995年9月2日号)

『勇気凛凛ルリの色』浅田次郎(講談社文庫)

浅田次郎

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他に『きんぴか』『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『日輪の遺産』『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』『兵諌』『母の待つ里』など多数の著書がある。

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おとなの週末Web編集部 今井
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