2011年3月の東日本大震災の津波で、三陸リアス式海岸のカキ養殖は壊滅的な被害を受けた。ところが、陸の復興がままならないなか、海は回復に向かい、お盆を過ぎるころには海に養殖筏が並び始めた。それは、長年にわたる、海に栄養を与える森を育てる「森は海の恋人運動」の成果だったのだ。翌2012年2月、「森は海の恋人運動」を率いる宮城県のカキ養殖業、畠山重篤さんが、ニューヨークの国連本部で表彰された。森を育てる運動を世界に知らせたのは、上皇陛下と美智子さまだったという。陛下と美智子さまは、東日本大震災ののちにたびたび現地を訪問され、心を寄せ続けられた。今回は、災害に負けなかったおいしいカキの物語である。
山に広葉樹林を育てる「森は海の恋人運動」
4月ごろのカキは、はちきれんばかりにふっくらと白い身をしている。食べると甘みがあってなんともいえないうまさだ。とりわけ宮城県の三陸リアス式海岸でとれるカキは、成長が早く、病気に強く、味がよいことで知られている。それは、カキの餌である植物プランクトンが海の中に豊富にあるからだという。
しかし、一時は海の生き物が減ってしまったことがあった。それに気づいた畠山さんたち漁師が、1989年より気仙沼湾から見える室根山(むろねさん)に広葉樹を植林するようになる。それは「森は海の恋人運動」と名づけられ、広葉樹林から出る栄養分が海を豊かにしていった。
1994年、畠山さんに驚く知らせがきた。皇居からお招きがあり、天皇陛下(今の上皇陛下)と美智子さまに漁師による植林の話をすることになったのだ。
天皇陛下は、国家行事である全国植樹祭、全国豊かな海づくり大会に出席され、お言葉を述べる立場にいらっしゃる。森と川と海とのかかわりにご関心を持たれているのだ。美智子さまもずっと以前から、森と海との関わりをお考えになっていたという。
皇居を訪ねた畠山さんは、陛下と美智子さまに、おいしいカキを育てるのになぜ広葉樹の森をつくることが大切なのか。河川水にはどのような成分が含まれていて、カキの餌となる植物プランクトンが育つのか、をご説明した。
美智子さまは、
「緑の葉陰が海に映るところにお魚が集まってくるという話を聞いたことがあります」
とおっしゃった。
魚を育む海の近くの森林を「魚付林(うおつきりん)」という。昔から、漁師は海の近くの森を切ると、魚が岸辺に寄り付かなくなることを知っていたのだ。
1969(昭和44)年、毎月の月次歌会(つきなみのうたかい)で「潮(うしお)」という題が出た折に、美智子さまは漁師の気持ちに寄り添い、このような歌を詠まれた。
春のうしほ映す山かげ若葉して水の緑に魚ら寄るとふ
魚は山の緑を目指してやってくるのだ。