南洲神社の銅像
現在、庄内藩の中心であった酒田市には南洲神社が建立され、西郷隆盛と菅実秀が対座する銅像が建っています。「徳の交わり」と題されたその像は、動乱の戊辰戦争にあって、敵味方を越えて、お互いを思いやる心を持った武士の姿というものを教えてくれているように思います。
【鶴ヶ岡城】
元は地元の有力な豪族武藤氏が作った大宝寺城で、戦国期は上杉景勝が支配するも、慶長5(1600)年関ヶ原の戦いで西軍に属したため、減封となり最上義光(もがみ よしあき)が庄内地方を治めた。しかし、最上氏もお家騒動(最上騒動)で改易となり、徳川四天王のひとり、酒井忠次の孫にあたる酒井忠勝が入城。鶴ヶ岡城と改め大改修に着手、完成は54年後という大工事だった。天守はなく隅櫓が建てられていた。現在は城趾が鶴岡公園となり、日本さくら名所100選に選ばれている。例年4月中旬にさくらが開花し、ライトアップもされる。鶴岡公園中央駐車場ほかがある。
住所:山形県鶴岡市馬場町4
電話:0235-35-1315(鶴岡市役所都市計画課)
【西郷隆盛】
さいごう・たかもり。1828~1877年。薩摩藩主・島津斉彬(しまづ・なりあきら)に取り立てられ、頭角を現し、次の藩主・島津久光とは衝突するも、薩摩藩の外交を任され薩長同盟を成立させ、討幕を指揮。勝海舟との話し合いで江戸城無血開城を実現、明治維新の道を開く。維新後は参議として改革を進めるが、征韓論に敗れ西南戦争を起こし自刃。大久保利通、木戸孝允(桂小五郎)とともに維新三傑とされる。
松平定知 (まつだいら・さだとも)
1944年、東京都生まれ。元NHK理事待遇アナウンサー。ニュース畑を十五年。そのほか「連想ゲーム」や「その時歴史が動いた」、「シリーズ世界遺産100」など。「NHKスペシャル」はキャスターやナレーションで100本以上担当。近年はTBSの「下町ロケット」のナレーションも。現在京都造形芸術大学教授、國學院大学客員教授。歴史に関する著書多数。徳川家康の異父弟である松平定勝が祖となる松平伊予松山藩久松松平家分家旗本の末裔でもある。
※『一城一話55の物語 戦国の名将、敗将、女たちに学ぶ』(講談社ビーシー/講談社)から転載
※トップ画像は「Webサイト 日本の城写真集」