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■冷蔵庫の野菜室をはじめて作ったのも、電子レンジがチンというようになったのも、携帯電話にカメラを載せたのも

 1番と似たような位置付けの言葉に、「世界初」あるいは「日本初」がある。こちらは技術力を旨とする企業にとっては、1番よりテンションが上がる言葉だ。初だといえる製品や機能が開発できると、とたんに会社の鼻息は荒くなる。私も世界初や日本初を声高々と宣言する宣伝を作らされたものだった。こちらはNo.1に比べて、商売にどれほど影響したかは私もよくわからない。しかしそれを宣言するメーカーへの憧憬というか信頼というか、企業イメージと呼ばれるものに対するポジティブな貢献は着実にあったと思う。

 先日仕事しながらふと、そういえば最近「1番」や「世界初」を言えと迫られることも、言わねばと使命感を感じることもなくなったなと思って、ツイート履歴を検索して愕然とした。まったくそれらの語を使って、宣伝をしていなかったのだ。世界初など、7年以上まで遡らないと私はその語を使いもしていなかった。

 理由はいくつか思い当たる。1番の効能が薄れたのだ。いま私たちが日常でふつうに受け入れているモノやサービスは、必ずしも1番乗りした企業によってもたらされたものではない。どちらかというと2番や3番目にやってきた企業が覇権を握る様子を私たちは見てきたのではないか。いまは、はじめにやる者より、うまくやる者が賞賛される世界になったのかもしれない。

 あるいはライバルが早々と存在しなくなるような速度にまで、製造や商売が加速してしまった感覚もある。切磋琢磨しながら1番を更新しあうような競争相手がいなければ、もはやNo.1にさほど意味はなくなるだろう。現に家電においては、かつてに比べて驚くほどライバルが少なくなった。

 1番や世界初という事実がなくなったのではない。いまも新製品を発売するたびに、細かいレベルで1番が生み出されていることを私は知っている。ただ、それを謳う必要性を世間から要請されなくなったのだ。そこに一抹のさびしさを感じるのは、身勝手なことだろうか。

 1番や世界初は、ある時点でだけ胸を張れる時限的な表現だ。しかし1番や世界初であった事実は時間を経ても変わることはない。冷蔵庫の野菜室をはじめて作ったのも、電子レンジがチンというようになったのも、携帯電話にカメラを載せたのも、ぜんぶ同じ会社なのだ。そこに現在の私はまだ、胸を張っている。

 さまざまなメーカーの切磋琢磨と、かつての1番や初めてを積み重ねながら、家電は作られてきた。そうやってあの時の1番乗りやあの年の世界初は、記録と記憶と、なにかの機能に残り続けるのだろう。それがたとえ後ろ向きな姿勢だとしても、私はそこに一抹の希望を感じる。あなたが毎日使うその家電も、「かつての1番」の結晶なのだ。

文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)

まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中

■シャープさんの「家電としあわせ」シリーズ

 

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山本隆博
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