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生ガキをおいしく食べられる海と共存

翌日、2001年(平成13年)9月11日に起きたアメリカ同時多発テロで大惨事のあった、ワールドトレードセンタービル跡を訪れ、祈りをささげました。

耕が、

「マンハッタンのはじっこから、スタテン島にフェリーが出ている。無料だから行ってみよう」

と言いました。船が出航しました。

400年前、ハドソンがここにたどりついたのか……。18世紀、この海が世界一のカキの産地だったのか……と思うと感無量です。

自由の女神が見えたと思ったら、あっというまにスタテン島です。少し島を見物し、帰りの船に乗りました。船上から、マンハッタンの摩天楼が見え、歓声があがっています。

でも、わたしは悲しくなりました。

ハドソンが来たときには、大森林が見えていたはずです。カキじいさんはカキの身になって考えます。森林がビル群に変われば変わるほど、カキは住みづらくなるのです。

地球にカキが出現したのは、5億年むかしのカンブリア期といわれています。カキの歴史からすると、400年なんて一瞬にすぎないでしょう。カキは、つくづく「人間はせっかちだなぁ」と思っているはずです。人間はもう少しゆっくり進むべきです。ニューヨーカーも、ハドソン川流域に木を植えるべきだと思いました。

森は海に恋い焦がれ、海は森に恋い焦がれているのです。

「人類が生き延びる道は明白だ。生ガキを安心して食べられる海と共存することである」

思わずわたしはそうつぶやいたのでした。

…つづく<「こんなうまいものがあるのか」…20歳の青年が、オホーツクの旅で《ホタテ貝の刺し身》に感動、その後はじめた「意外な商売」では、かきじいさんが青年だったころのお話にさかのぼります。

連載カキじいさん、世界へ行く!特別編
構成/高木香織

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畠山さんに初めてお会いしたのは、今から20年前のこと。

気仙沼の舞根湾にある養殖場で「牡蠣は海のミルクだからパワーがつくよ」と、あの優しい笑顔を浮かべながら生ガキを剥いてくれた。剥きたての生ガキは潮の香りが口いっぱいに広がり、世の中にこんなに美味しい食べ物があるのかと感動したことを鮮明に覚えている。

以来、毎年6月に開催される「森は海の恋人」植樹祭に参加し、山に木を植えた後、舞根の海に移動して牡蠣をご馳走になった。

森や川を守ることが、豊かな海をつくるという「森は海の恋人」の理念は、畠山さんの精力的な活動により、日本のみならず世界中の人たちに知られるようになった。その思いが、これからもさらに広がってくれることを切に願う。

最後にお話をしたのは昨年10月。81歳の誕生日に『カキじいさん、世界へ行く!』の出版記念祝いを兼ねてオイスターバーに行った。

ふだんお店ではあまり牡蠣を召し上がらない畠山さんだったが、この時は生ガキを山盛りに頼んで「やっぱり牡蠣は美味いな!」と舌鼓を打っていた。

きっと天国でも白ワインを片手に、牡蠣をほおばっていることと思う。

心からご冥福をお祈りいたします。

(書籍『カキじいさん、世界へ行く!』編集)講談社 山室秀之

●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)

1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。

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高木 香織
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