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販売面では苦戦したが三菱の重要なモデルだった

FTOはデビュー翌年の1995年に2万台強を販売し上々のスタートを切ったが。その後は毎年のように前年比50%状態が続き、2000年に兄貴分のGTOとともに生産終了の憂き目となった。その間の累計販売台数は約3万8000台で、これはすなわちデビュー後3年目以降は凋落の一途をたどったということ。

車両価格は166万~239万7000円(デビュー時)と、ライバルと比べても安いくらいだったが、それも販売には結びつかなかったのが悲しいところ。

スポーツモデルのバージョンRの大型リアスポイラーが人気だった

FTO、GTOが生産終了になった背景には、厳しくなる側面衝突の安全基準があった。売れてないFTO、GTOを適合させてもコスト的に見合わないという判断から三菱は生産終了を決断。両車が売れていれば、存続したはずだし、噂されていた4WDモデルの追加があったかもしれない。

販売面では成功したとは言えないFTOだが、三菱は次世代を見据えた開発車両にFTOを選び、EVの開発を進めるなど、三菱にとっては重要なモデルだった。

現在の三菱のラインナップから考えると、たとえBEV時代になってもFTO、GTOが復活する可能性を見出せないのが寂しい。

三菱のBEVの研究に大きく貢献したFTO EV

中古車は高騰していない

最後に中古車情報。1990年代の日本のスポーツ&スペシャルティカーの中古車の高騰化が顕著だが、FTOに関してはまったく手が出ない、というほどの高騰ぶりではなく100万円前後から探すことができる。上限は250万円程度。ただし同じ時代の丸4灯ヘッドライトのセリカ(ST200型)、シルビア(S15型)に比べるとタマ数はかなり少ない。王手の中古車サイトなどで検索しても20台前後といったところ。

オススメはMIVECエンジン搭載の5MT。イージーに乗りたいというならINVECS-IIとなるが、その際は1997年のマイチェン後の5ATモデルを選びたい。4速より5速が圧倒的に気持ちよく走れる。

古いクルマに共通する、サビ、オイル漏れ、ATならスベりなどは要チェック。

初期モデルは30年が経過。内装パーツは欠品が多いので購入時に要チェック

【三菱FTO GPX主要諸元】
全長4320×全幅1735×全高1300mm
ホイールベース:2500mm
車両重量:1170kg
エンジン:1998cc、V6DOHC
最高出力:200ps/7500rpm
最大トルク:20.4kgm/6000rpm
価格:228万7000円(5MT)

後期モデルはバンパーのデザインが変更されている

【豆知識】
三菱は三菱重工時代の1965年から国内ラリー活動を開始。そしてそれからわずか2年後には国際ラリーの舞台へと踏み出した。その後国内/国際ラリーで活躍したことによってラリーの三菱のイメージを確立した。そんな三菱は1977年いっぱいでワークス体制によるラリー活動を休止。三菱のラリー活動が復活したのは1981年で、WRCとともにパリ・ダカールラリーに挑戦を開始した。三菱にとってターニングポイントとなったのは1990年代初頭。ギャランVR-4と実戦投入されなかったがスタリオン4WDによりランエボシリーズが誕生することになった。そして2005年かぎりでワークス撤退するまでランエボシリーズ、ランサーWRCでWRCを席巻した。

1990年代前半にWRCで強い三菱の礎を築いた

市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。

写真/MITSUBISHI、ベストカー

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