つゆと薬味だけで食べるかけうどん。関西では素うどんとも呼ばれるが、愛知県三河地方では少し事情が異なる。お品書きにかけうどんはなく、その代わりに「にかけうどん」というメニューがあるのだ。
筆者は愛知県尾張地方在住だが、地元でも、取材で訪れた名古屋市内の店でも見たことがない。調べてみると、にかけうどんの発祥の地は、静岡県との境にある豊橋市のようだ。豊橋市内のうどん店には必ずと言ってよいほど用意していて、隣町の岡崎市や静岡県湖西市の一部の店でも見かける。
甘めのつゆに心がホッと和む
「いつ頃に生まれたのかなど詳しいことは文献が残っていないので、まったくわかりませんが、名古屋や東京から来られたお客さんが、かけうどんと思って注文して、思っていたのと違うと驚かれることもあります」
そう話すのは、豊橋市内にあるうどん店、東京庵本店の5代目店主で、愛知県麺類食堂生活衛生同業組合豊橋支部理事長の戸倉信一郎さんだ。
文献がないというのは、名古屋のきしめんと同様に、にかけうどんが大衆の中から生まれた料理であることを物語っている。
注文したにかけうどんのビジュアルを見て、思わず驚いた。麺の上にのるのは、カマボコと揚げ、青菜、花がつお。名古屋の人ならピンとくるだろうが、「かけ」のきしめんとほとんど同じなのである。
「きしめんとの関係まではわかりませんが、にかけうどんという名前の由来は、麺の上に煮しめ(煮物)をかけるうどん、煮しめかけうどんからにかけうどんになったという説や、熱く煮たつゆ、または具をかける煮かけから転じた説、具が多く荷をかけたような荷かけ説などがあります」(戸倉さん)
麺は名古屋のうどんと同様に、噛んだときに歯をやさしく押し返すような、もっちりとした食感。ダシもムロアジやサバ節、宗田鰹がベースで、味付けはやや甘め。キリッとした名古屋風とは大きく異なるが、これはこれで旨い。じんわりと広がる余韻に心がホッと和む。この味こそが、豊橋のスタンダードなのだ。
「豊橋は小麦の栽培が盛んで、明治時代には自家栽培した小麦を製麺所へ持っていくと、うどんにしてくれたり、『うどん券』と交換できたりしたそうです。つまり、日常生活の中にうどんが身近なものとして存在していたということです。にかけうどんは豊橋のソウルフードなのです」(戸倉さん)



