SNSで最新情報をチェック

特攻隊員の最後の食事「赤飯と清酒」

本膳のとなりには、もう一つ、白い布に包まれたお膳が届けられた。それは小さな白木のお膳で、尾頭付きの鯛と赤飯、きんとん、二合瓶の清酒が乗せられていた。そのお膳には文書が添えられていた。

「連日のごとく出撃している特攻隊員に対し、その壮途にはなむけて出す料理でございます」

添え書きには、このように書かれていた。昭和天皇と良子皇后は、長い間、黙ってこの料理をご覧になっていた。

前年の1944年秋、すでに負け戦の色濃いフィリピンにおいて神風(しんぷう)特別攻撃隊が出撃している。特攻隊出撃の報を受けた昭和天皇は、

「かくまでせねばならぬとは、まことに遺憾である」

と、軍司令部総長に強く言われた。軍司令部総長は恐れいって言葉も出なかったという。

その後、3月には東京大空襲があり、8月には原子爆弾が広島と長崎に投下され、多くの犠牲者が出た。8月15日には、玉音放送をもって終戦を迎えることとなる。

昭和天皇(宮内庁提供)
次のページ
戦争の記憶は、若い世代に継承されていく
icon-next-galary
icon-prev 1 2 3icon-next
関連記事
あなたにおすすめ

関連キーワード

この記事のライター

高木 香織
高木 香織

高木 香織

おとなの自動車保険

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌『おとなの週末』。7月15日発売の8月号では、夏こそ飲みたい、キ…