女将やマダムのいる店は、何かが違う。「女将」ってなんだろう?その姿に迫る『おとなの週末』連載「女将のいる場所」を、Webでもお届けします。今回は、1954(昭和29)年に神奈川県横浜市の馬車道に開業した老舗洋食店『グリル・エス』の鈴木美恵子さんです。
家より店で育った、母から受け継いだ店を守り続けるマダム
八丁味噌で煮込んだもつ煮があるから、持ってって!と言ってお裾分けをパパッと包む。『横浜元町 近沢レース店』のエプロンが似合う、洋食店『グリル・エス』の2代目マダム、鈴木美恵子さんは1942年生まれ、83歳。母の哲のりこ子さんが開業した時は、小学6年生だった。「お肉の注文が入ると、馬車道のお肉屋に走ってくのよ。氷で冷やす木の冷蔵庫は日持ちしないからね、使い走り」
美しくて「おっかない」母の言いつけは絶対。店を手伝い、妹と弟のお弁当も作る、面倒見のいい長女である。
短大時代はバンドを組み、ダンスパーティーでジャズなどを歌うヴォーカリスト。歌手や美容師になりたかったが、親の反対で諦めた。家業を手伝う、それは宿命だ。「でも受け身の性格だからね。嫌だとも思わなかった」
店を離れた期間は、会社員の夫と結婚し、子どもふたりが小学校へ上がるまで。以降は子どもたちに「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」が言える時間帯は家にいて、夜のみ出勤する。母が60歳で引退し、店を託された時、美恵子さんは38歳。母が開業した年齢と同じであった。
「“簡単なことよ、見ればわかるでしょ”って人だったから、(女将については)何も教えてくれなかったわね」
しかし、家より店で育った彼女のマダム業は盤石。むしろ大変なのは妻、嫁、娘の役割のほうだった。40歳にして店に入ってくれた夫は、脱サラゆえに苦労続き。義母や実母のすったもんだもちょいちょい絡む。
だけど誰とも喧嘩にならないのは、喧嘩が大嫌いだからである。カッカする相手には知らんぷりして、頭が冷えたら話せばいい。曰く、大抵のことは会話によって解決できる。
「悪い人がいると思ってないから、私。人間に生まれて、一人ひとり人生があって、一生は一度。みんな同じよ」
それが約70年、洋食店に出入りするさまざまな人間を見てきての結論である。疑わない美恵子さんには、自然と人が寄ってくる。お楽しみはお肉とカラオケ。肩や腰がどうのこうのは働くうちに治ってしまう。
お酒は好まないが、寝酒はルーティンだ。度数が強いほど効く気がするからウォッカを、2杯だけ。本当はトニック割りがいいけれど、最近ウエストが気になるから烏龍茶割りで。


