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万太郎沢線の開業から廃線まで

日本セメントは、東日本最大の石灰石鉱山として峩朗鉱山(採掘場)を所有していたが、さらなる増産に合わせて、万太郎沢に鉱業所を開設した。このため、1954(昭和29)年6月から日本セメント上磯工場専用線の峩朗本線の途中(600m)から分岐する全長3.444kmの「万太郎沢線」を開業させた。

当時の資料によれば、上磯停車場を起点に峩朗本線(全長7.247km)には添山信号場所、南部坂停車地、磐○(文字判読不能)採掘場、峩朗停車場とあり、万太郎沢線(万太郎粘土線)に万太郎沢停車場とある。最盛期には客車を連結して従業員輸送も行っており、こうした途中駅で関係者は乗り降りしていたのだろう。

1973(昭和48)年には、峩朗鉱山と上磯工場を結ぶベルトコンベアによる石灰石輸送が開始され、次第に峩朗本線を走る貨物列車は、補助的な役割を担うようになっていく。1985(昭和60)年3月には、構内専用鉄道と呼ばれた国鉄上磯駅へとつながる路線が、国鉄の合理化の名のもとに縮小された鉄道貨物輸送の衰退とともに廃止された。

万太郎沢線は、1989(平成元)年にトラック輸送へと転換され、これと併せて峩朗本線ともども日本セメント上磯工場専用鉄道は全廃された。

廃線当時の上磯工場専用鉄道の路線概略図。日本セメント作図のもの=資料所蔵筆者
昭和51年3月21日改定の万太郎沢線の運行ダイヤ。このダイヤは廃線まで使用された。廃止の前年となる1988(昭和63年)は、峩朗本線に列車は走っていなかった=資料所蔵筆者
廃止の前年に上磯工場を訪れた際は、お盆休みだったこともあり専用鉄道は運休していた。1961(昭和36)年に導入された10号電気機関車(手前側)と1959(昭和34)年に導入された9号電気機関車(奥側)=1988年8月17日、上磯町(現・北斗市)谷好
廃線まで活躍していた1952(昭和27)年に導入された8号電気機関車の車両形式図=資料/国立公文書館蔵
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