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廃線跡をたずねて

現役当時に訪れたのは2回、1986(昭和61)年と1988(昭和63)年だった。2度目となる昭和63年の訪問時には、翌年に廃線を迎えるとは思いもせず、のこのこと工場へ出かけて撮影させてもらったのが最後となってしまった。今思えば、もっと丁寧に記録を残しておくべきだったと反省しきりだ。

その後の訪問は、廃線から4年が経った1993(平成5)年のことだった。かろうじて万太郎沢線の一部にレールが遺されていたくらいで、そのほかでは川に架かるガーター橋や南部坂変電所の建物を見ることができたくらいで、ほとんどの線路設備は撤去されたいた。ところどころでクルマから降りて廃線跡を確かめながら撮影したのだが、あまりの大型ダンプの通行量にたじろいでしまったことを覚えている。

廃止からすでに37年もの年月が経過しており、線路のあった周辺の現在は廃線跡の姿など想像もできないほど変貌を遂げていることだろう。使われていた電気機関車は、神奈川県にある電機メーカーの工場と、北海道北斗市運動公園に保存・展示されているにとどまる。

かろうじて残されていた万太郎沢線の線路跡。現在、このあたりには北海道新幹線が高架橋で通過している=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)
道路へと転換された廃線跡は、1973(昭和48)年に完成した石灰石輸送用のベルトコンベアの下を通り、工場へと向かっていた=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)
山間に遺されていたガーター橋。いまも現存しているのだろうか=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)
鉱山へと向かう送電線の鉄柱が廃線跡の目印になっていた。トップ画像に見る南部坂変電所の建物が写る=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)
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文・写真/工藤直通

くどう・なおみち。日本地方新聞協会特派写真記者。1970年、東京都生まれ。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物に関連した取材を重ねる。交通史、鉄道技術、歴史的建造物に造詣が深い。元・日本鉄道電気技術協会技術主幹、芝浦工業大学公開講座外部講師、日本写真家協会正会員、NPS会員、鉄道友の会会員。

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