計画線上に浮かび上がった2つの路線
草津温泉への湯治客を、国鉄・長野原線に奪われた草軽電気鉄道の親会社である東京急行電鉄は、草軽電気鉄道の旅客奪還と上信越高原国立公園への新たな観光ルートとなる鉄道建設を画策した。
その区間の一部には東京急行電鉄が計画する路線と重複するように鉄道敷設免許を申請していた会社があった。その鉄道とは「上信鉱業株式会社専用鉄道」で、省線・長野原駅~草軽電気鉄道・嬬恋駅間の10km32mを結ぶ動力を蒸気とする軽便鉄道(レール幅762mm)の敷設を計画していた。この専用鉄道は、社名のとおり鉱物の貨車輸送を目的とするもので、旅客輸送ではなかった。この免許申請は、国内情勢が急変したのちの1945(昭和20)年9月のことであり、その後しばらくは「保留」とされた。これに対し東京急行電鉄は、水面下で上信鉱業への買収交渉を行っていた。
いろいろと調べていると、興味深い文献に出会った。「長野原町誌(上巻)1976年刊」によれば、先の大戦末期に上信鉱業専用鉄道と同じ区間に「千俣鉱石輸送鉄道」という路線の建設が進められていた。その目的は、先の大戦で使用する軍事物資となるハロイサイト(アルミ成分)を群馬県嬬恋村の千俣地区に存在した上信鉱山より採掘し輸送するためだった。同町誌には電気鉄道として計画したものの、完成を前に終戦を迎えたとあった。この鉄道は、橋脚や隧道などの土木構造物が部分的に完成しており、未成線遺構として現存していることも確認されている。(※上信鉱山の鉱石は、草軽電気鉄道の嬬恋駅からも出荷されていた。)
先の上信鉱業専用鉄道は、動力を「蒸気(SL)」としていた点や、“免許申請の段階”であったことを考察すれば、終戦後に目的を失った千俣鉱石輸送鉄道の土木構造物をそのまま使用して、上信鉱業株式会社が自社の専用鉄道として転用するために、鉄道敷設免許(建設費500万円)を申請したのではないかと想像する。しかし、これらを裏付ける資料の発見には至っていない。



