マニアを唸らせた面もある
3代目パジェロのモノコック化、四輪独立懸架の採用はヘビーなマニアほど受けがよくなかったが、これがマニアを唸らせることにもなったのは皮肉。まずはラダーフレームの廃止により2代目まで後輪車軸の後方に配置されていた燃料タンクを前後輪車軸間(床下の中央)に配置できるようになり前後の重量配分が劇的に最適化された。
そして前述のスーパーセレクト4WD-IIの後輪駆動寄りの駆動力配分により劇的に回頭性が高まり、楽しいハンドリングを実現しマニアを唸らせた。
結局は古いイメージにとらわれていた層も乗ってみると納得せざるを得ない仕上げとなっていたことの何よりの証拠と言えるだろう。しかし、誰もが乗ってみたわけではなく、2代目パジェロのオーナーの乗り換えの少なさが販売面の苦戦につながったことは間違いない。
ダカールラリーでは7年連続総合優勝の金字塔
パジェロと言えばパリ・ダカで、前述のとおり3代目の伝統をことごとく無視した変化は、パリ・ダカでの戦闘力アップのためのものでもあった。
前出の増岡氏は「モノコック化も市販車のレベルでは問題ないと思いながらも、いざパリ・ダカマシンでどうかというのは不安だった。しかし初乗りでその不安は解消した」とコメントしているように、新世代のモノコックパジェロはパリ・ダカで高い戦闘力をいかんなく見せつけた。
3代目をベースにしたマシンは2000年にデビューし3位フィニッシュ。そして2001年には増岡氏が市販車をベースに改造が厳しく制限されるT2クラスで初優勝目前で優勝をさらわれる不運もあったが、2002年からは市販車をベースに改造範囲の広いSPクラスに移行し3代目をベースとしたMPRシリーズがダカールラリーを席巻し、前人未到の7年連続総合優勝の金字塔を打ち立てた。
新型パジェロに期待!!
1980年代から1990年代の中盤にかけてはパリ・ダカの強さが販売面に直結。砂漠での強さが市販車の優秀性、耐久性の証明にもなったが、20世紀末ではその効果も限定的となり、販売面に大きく貢献するケースは少なくなった。
前述のとおり2代目からの買い替えの少なさも痛かった。さらには初代ハリアーの登場により今でいうSUVブームが日本にも飛来。
マニアからのオンロードでの快適性を重視したナンパなクロカンというレッテルを張られたことも販売面に微妙に影響した。
3代目パジェロはパリ・ダカで勝つために三菱の技術者がすべてを賭けた最高傑作で、それは市販車として非常に高いポテンシャルを持っていたが、ユーザーはライト層に移行していて、そこまでの高い性能を必要としていなかったということが一番販売面に響いたと思われる。結論としては、販売面では2代目から大きく落とすことになったが、クルマは素晴らしい出来だった。
三菱は2026年中にパジェロを復活させることを正式に表明。ランクルシリーズが恐ろしいほど売れているなか、新型パジェロに期待がかかる。
【3代目三菱パジェロロングスーパーエクシード主要諸元】
全長:4735mm
全幅:1875mm
全高:1855mm
ホイールベース:2780mm
車両重量:2150kg
エンジン:3200cc、直列4気筒DOHCディーゼルターボ
最高出力:175ps/3800rpm
最大トルク:39.0kgm/2000rpm
価格:429万5000円
※1999年9月発表時のスペック
【豆知識】1/2tトラック
1/2tトラックはハーフトントラックと呼び、1996年から陸上自衛隊などに配備されている汎用小型四輪駆動車で、2代目パジェロがベース。自衛隊のトラックは、用途に合わせたボディ(幌、ミサイル発射台など)を載せるというカスタマイズが必須だが、3代目はモノコックゆえそれができない。さらには重い荷物や武器などを搭載するために頑丈なリジッドサスが必須だが、四輪独立懸架になったため2代目のままというわけだ。しかし、中身は3代目のものも投入されているという情報もある。
市原信幸
1966年、広島県生まれのかに座。この世代の例にもれず小学生の時に池沢早人師(旧ペンネームは池沢さとし)先生の漫画『サーキットの狼』(『週刊少年ジャンプ』に1975~1979年連載)に端を発するスーパーカーブームを経験。ブームが去った後もクルマ濃度は薄まるどころか増すばかり。大学入学時に上京し、新卒で三推社(現講談社ビーシー)に入社。以後、30年近く『ベストカー』の編集に携わる。
写真/MITSUBISHI、TOYOTA、ベストカー


















