「生前退位」への検討を始める
「天皇が亡くなったとき、残された国民を混乱させないためにはどうしたらいいのか」
天皇陛下と美智子さまのすべての発想の原点は、この1点に絞られる。それは、国民と共に歩み、国民に尽くされてきた平成流の陛下と美智子さまの願いだった。
2012年2月、陛下は心臓病の手術を受けられた。それをきっかけに、退院した春から毎月1度、皇太子浩宮さま(現天皇陛下)と秋篠宮さまをはじめ、宮内庁の参与たちも交えて懇談が催されるようになった。そこでは天皇陛下(上皇さま)の象徴天皇としての体験やお考えを伝え、生前退位への思いを話し合われたという。懇談を催す発案は、美智子さまだったといわれる。
御所で行なわれる懇談において、熱心な議論は深夜まで及び、陛下は立ち上がったまま議論することもあるほど熱のこもった場だったという。陛下と美智子さまのお考えを汲み、やがて「生前退位のお気持ちをにじませるおことば」を表明できるまでには、6年もの月日が必要だった。
宮内庁長官が「生前の遺言」を発表
同時に、喪儀や墓陵についても検討されていった。
『美智子さま いのちの旅 ―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)より一部を抜粋してみよう。
・・・・・・・・・・・
2012年(平成24年)4月26日、羽毛田(はけた)宮内庁長官は定例会見で、
「両陛下は逝去された際のご自身について、火葬が望ましいというご意向がある」
と発言しました。また、「天皇陛下(上皇さま)と美智子さまが同じ陵に入る『合葬』も視野に入れて検討する」
と続けました。これは「葬儀の簡略化に対する方針」の発表であり、両陛下からの「生前の遺言」であると捉えられました。
・・・・・・・・・・・・・
やがて「生前の遺言」会見からさらに検討を重ね、翌2013年11月には、宮内庁の風岡(かざおか)典之長官が記者会見で陛下と美智子さまの逝去の際の喪儀や陵についての方針を公表した。天皇の葬送について、検討課題も含めて事前に公表されたのは、極めて異例なことだった。
国民生活への配慮から、陵は昭和天皇陵より小さくし、天皇陵と皇后陵を寄り添うように並ぶ「不離一体」にするという内容だった。お二人の陵はまるで手をつないでいるかのような、やさしさを感じさせるたたずまいである。この発表でとりわけ注目を集めたのは、皇室の伝統の土葬ではなく火葬にすることだった。
宮内庁は葬送について調整するにあたり、皇室について定めた法律「皇室典範」に沿って検討していった。陛下と美智子さまは、皇室の祭祀や儀礼を守りつつ、国民に影響を与える部分のみ、整えていこうとされていたからである。
2016年8月、陛下は国民に対し、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」のビデオメッセージを出された。テレビで全国に流れた生前退位をにじませたこのお言葉を聞き、多くの国民は陛下のご意志を好意的に受け止めた。朝日新聞の世論調査によると、「生前退位の制度化」に、84パーセントの国民が賛成したという。
このメッセージを受けて、国も皇室典範の改正を検討し始める。やがて2017年6月、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が公布された。この法令改正により、天皇陛下の退位は2019年4月30日、翌5月1日に皇太子浩宮さまが即位されることが決まったのである。