そば屋の裏手には30アールの小さなブドウ畑
ブドウの方の話をすれば、夫妻は移住の年の春、敷地内の30アールの畑に約800本の苗木を植えた(品種はシャルドネ、ピノグリ、リースリング、ピノブラン等)。移住2年目に200本の苗木を植え増しし、現在は計1000本になった。通常ワインにできるブドウが実るのは植樹3年目以降と相場が決まっているのだが、天候に恵まれ、2年目の秋には良いブドウが実ったので、ご近所の「ル・レーヴ・ワイナリー」に持ち込んで醸造してもらうことにした。「ル・レーヴ・ワイナリー」は、札幌出身の本間夫妻が15年に就農し、20年から自社醸造を始めた新興ワイナリーだが、その精緻な造りのワインはすでに高い評価を受けている。
成田夫妻の初めてのワインはフィールドブレンド(混醸)、野生酵母にて発酵。生産本数は僅かに116本。ブドウ畑の住所にちなんで「Asahidai 245 Blanc 2021 −Episode 0−」と名付けられた。“エピソード・ゼロ”としたのは思いがけず早くに授かったワインだったから。
僕は鴨せいろとグラスで「Asahidai 245Blanc 2021 −Episode 0−」を、同行者は茄子とじゃこのぶっかけを頼んだ。そばを待つ間にワインを試してみた。柑橘に熟れた青リンゴ、そして白い花の香りがする。口の中では程よい酸があり、軽い苦味が後口に残る。若いのに粗いところはなく、落ち着いた味わいで驚いた。この年はピノブランがアライグマに食べられて(アライグマにはブドウの好みがあるらしい)、ほぼ全滅だったそうだ。ピノブランの構成比率が上がっていたら、甘い花の香りがもっと増していたのかもしれない。
石臼挽きの道産そば粉にこだわった和仁さんのそばは軽やかで喉越しもよく、ワインとも良くあった。道内滝川産の鴨肉は噛むほどに味が出るようで、こっちには赤ワインだなと思ったが、ワインを追加して飲んでしまうと、午後の仕事に差し障りが出そうで、辛くも断念した。
地元の食材と地ワインを楽しみながら、北海道らしい広々とした空に悠然と流れる雲を眺める。ワイン・ツーリズムの目的地としてのこの土地のポテンシャルの高さを強く感じた。
食後に、建物の裏手に広がるブドウ畑を覗かせてもらった。照葉樹の森に抱かれるようにして広がる30aの畑はいかにもこぢんまりとして、いたいけな印象だった。周囲にめぐらされた電線がブドウ木や果実を狙う動物たちの存在を告げている。ピノブランを貪るアライグマ──。
ところで、「Asahidai 245Blanc 2021 −Episode 0−」のラベルには5種類の動物の絵が描かれている。ヒグマ、エゾシカ、ウサギ、アライグマ、キタキツネ、いずれもブドウ畑を荒らす害獣たちだが、成田夫妻はあえて彼らをラベルに登場させることで、共に収穫を祝うことにしたという。そこには、ワイン造りという営みは自然の一部であるべきだという夫妻の「共生の決意」が込められているようで、好もしいと思った。
ワインの海は深く、広い‥‥。
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浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。