ワインの海、小ネタの浜辺

スペインの巨大ワイン産地ラ・マンチャで見たサステナブルなワイン造り【ワインの海、小ネタの浜辺】第19話

“ボトラーズ”のような業態 2軒目の訪問先「イシードロ・ミラグロ」で最初に案内されたのはワインのデータ分析を行うラボだった。醸造家チームの1人、フェルナンド・ムニョスさんによると、ここの製品の大半は外部から買ったワインを…

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スペイン、ラ・マンチャでワイン産業におけるサステナビリティについて取材しないかとの誘いが来た時、最初は正直言って気乗りがしなかった。普段は家族経営の、クラフト的で農業的なワイン生産者に関心があり、そういった造り手を取材し、記事にすることが多い。それに対して、ラ・マンチャは世界有数の「工業的なワイン」の産地である。しかし、世の中の人々が実際に飲んでいるワインの9割以上は、まさにラ・マンチャで多く見られるような、大きな資本のもと、効率的に生み出されるインダストリアル・ワインなのだ。そういったワインの現場をつぶさに見てレポートするのもワイン・ジャーナリストたる者の使命と言えまいか。そう思い直し、誘いに応じることにした。

なお、ここで言う「サステナビリティ」には、温室効果ガス削減、有機栽培の実践など環境や人体への配慮だけでなく、生産地の文化・伝統、ワインの価値を守ること、産業を維持して地域の経済・雇用を守ることによって社会を持続させるという意味合いが含まれていることを予めお断りしておく。

年間生産量は6300万本、世界90カ国に輸出

スペイン中部、首都マドリードの南に広がるラ・マンチャ地方(行政上の区分けではカスティーリャ=ラ・マンチャ州)は、15万4000haを超えるブドウ畑を擁する世界有数の巨大ワイン産地である。スペインはワインの生産量でイタリア、フランスに次ぐ世界第3位のワイン生産大国だが、そのうちの約3割がラ・マンチャで造られている。2021年時点のデータによると、DOラ・マンチャ(原産地呼称制度で認定されているエリア)の年間生産量はボトルにして6300万本。世界90カ国に輸出されており、日本市場は輸出先の第3位で、出荷されたボトルの数は143万3707本である。ボトル詰めされたワイン以外に、ブレンド用に使われるバルクワインや蒸留酒原料のブドウの生産も行われている。

ツーリストで賑わう古都トレドは、カスティーリャ=ラ・マンチャ州の州都。城塞都市のすぐ外側にはブドウ畑が

ラ・マンチャのブドウ畑はメセタと呼ばれるイベリア半島独特のフラットな高原に広がる。DO域内の平均標高は738m。海から遠く離れていることもあり、気候は寒暖差の大きい大陸性気候で、過去30年の記録では、最高気温は47.5℃、最低気温は-20℃となっている。『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスはこの地方の気候を「9カ月の冬(インビエルノ)と3カ月の地獄(インフィエルノ)でできている」と記したという。年間降水量は300〜400mm程度と、極端に乾燥している。

DOラ・マンチャ委員会のオフィスに飾られた収穫の様子がわかる古い写真。撮影されたのは1960年代か

土壌は「アルシーリャ・ロハ」と呼ばれる排水性の高い赤い砂礫と粘土がほとんどで、痩せた土壌でありながらワインに好適とされる石灰質に富む。

独特の赤い土壌「アルシーリャ・ロハ」

大きな寒暖差はブドウに十分な風味とクッキリとした酸を与える。極度の乾燥は、ブドウ木がカビ系の病気にかかるリスクを減じてくれるため、オーガニック栽培が容易になる利点がある。

ワイン産地としてのラ・マンチャの最大の特徴はコーポラティーバ(協同組合)が多いことだ。域内に約250軒あるワイナリーのうち約半分が協同組合によって経営されている。その背景について、DOラ・マンチャ委員会のルイス・マルチネスさんは「多くのコーポラティーバは1950年代に誕生しています。フランコ体制下では、ワインを含む農産物が外貨獲得の主な手段であったため、生産の合理化、安定化を図り、価格をコントロールするべく協同組合を支援する政策がとられたのです」と説明する。

風車の並ぶ丘の前にブドウ畑が広がるラ・マンチャらしい風景

日本でよく売れている「ボデガス・ラトゥエ」の白ワイン

醸造所を訪ねてみよう。「ボデガス・ラトゥエ」は1954年にアルカルデテ村の131の農家によって設立された協同組合のワイナリー。現在メンバーの数は630軒、就労人口にして約2000人であるという。これは村の人口の約7割に相当する数字である。年間生産本数は400万本。4300haのブドウ畑のうち4割強に当たる1800haが有機栽培認証を得ている。ワイナリーで使用する電力の70%を自社の太陽光発電で賄う。2023年には100%自家発電になる見込みであるという。

「ボデガス・ラトゥエ」

ちょうど、我々の目の前に収穫したブドウを満載したトラックが到着した。ラ・マンチャで最も多く生産される白ブドウ品種のアイレンである。運び込まれたブドウはレセプションに詰めている担当者によって即座にチェックを受け、品質によって3段階にランク分けされる。最高品質の価格を100%とし、以下85%、50%の代金が重量に乗じて支払われるという。

収穫されたブドウが運ばれてきた

日本でもよく売れているという「アイレン2021」を試飲させてもらった。リンゴやかりんの砂糖漬けのような香りに品種独特の青草のトーンが交じる。軽快で親しみ安い味わい。

「ボデガス・ラトゥエ」の有機認証を取ったワイン。白はアイレン、赤はシラー

“ボトラーズ”のような業態

2軒目の訪問先「イシードロ・ミラグロ」で最初に案内されたのはワインのデータ分析を行うラボだった。醸造家チームの1人、フェルナンド・ムニョスさんによると、ここの製品の大半は外部から買ったワインを顧客(大手酒販店やスーパーマーケットなど)のニーズに合わせてここで「調合」したものだとのこと。「これまでに約2300の銘柄を手掛けてきました。ここからの出し値で言うと、1本0.9ユーロのものから11ユーロのものまであります」

「イシードロ・ミラグロ」のラボに立つフェルナンド・ムニョスさん

ウイスキーの世界にボトラーズという業態がある。蒸留所から原酒を買い付け、独自に熟成・ブレンド・瓶詰めして独自のラベルで売る。このワイナリーの業態はまさにこのボトラーズに近いようだ。スーパーマーケットなどの顧客の側は、使用品種、色合い、味わい、アルコール度数など詳細な「設計」を出してくるという。

年間出荷量は750mlボトルに換算して4000万本。1時間に9000本のワインをボトリングできるというオートメーションのラインを見せてもらったが、空き瓶にワインが充填され、コルクを打栓され、赤いキャップシールを被され、半ダース入りのボックスに詰められ、瞬く間に格納されていく様はお伽の国の兵隊の行進のように見えた。アジア向けセールス担当のイレーネ・ヤニェス・セペダさんによると、「スペイン国内でTOP10に入る巨大ワイナリーです。製品の97%が輸出されています。輸出相手は80カ国。日本市場では、5社の流通業者と付き合っています」とのこと。

1時間に9000本がボトリングされるライン

ヨーロッパのスーパーマーケットで2ユーロ強で売られているというベルデホ100%の白ワインを試飲した。熟れたトロピカルフルーツを思わせるエキゾチックな香りで、クリーンな味わい。よく冷やして、明るいうちから飲めば楽しめそうなワインだった。

容量25万リットルのステンレスタンク。中身は白ワイン(「ボデガ・ユンテロ」にて)

このワイナリーにおけるサステナビリティとは、競争力に乏しい小規模生産者の代わりにブランディングと販路の開拓を行うことで、彼らを経済的に支えるということだろうか。

「ボデガ・ユンテロ」の樽貯蔵庫

エコロジー対策を進める家族経営のワイナリー

「ボデガス・アユソ」は1947年創業。家族経営のワイナリーだ。65年の収穫で、ラ・マンチャにおける初めてのレセルバ(樽熟成を含む36カ月以上の長期熟成を経てリリースされるタイプ)、「エストーラ」の生産を始めたことでも知られる。年間生産量は1500万本(もはや、100万単位の数字に麻痺してきたが、世界には年に1万本以下しかワインを造らない生産者がたくさんいることは心に留めておかねばなるまい)。日本へは大手ビール会社を通じて一部の銘柄が輸入されている。

「ボデガス・アユソ」

このワイナリーはエコロジー対策において明確な展開を見せている。輸出担当のラウル・ヒメネス・ペラレスさんの案内でワイナリー内の少し薄暗い廊下を歩いていると、天井から白い光が差す下で彼が立ち止まった。そこには電灯はなく、ただ天窓が付いていて自然光が差し込んでいた。

自然光が入る廊下に立つラウル・ヒメネス・ペラレスさん

「当社では電力はソーラーで賄っています。建物の中に自然光を最大限取り入れて、照明を減らすようにしています。廊下はこのくらいの明るさで十分でしょう」

廊下の窓からは広々としたボトリングのラインが見下ろせたが、そこも天井からの自然光で適切な明るさがキープされていた。

建屋内の温度調節は「カナダの井戸」と呼ばれるシステムで行われている。これは、年間を通じて18℃前後でほとんど変わらない地下の空気を利用し、送風のみで冷暖房を行うもの。原理は原始的で、エネルギーはほとんど使わない。醸造機器の洗浄に大量に使う水はリサイクルする。また、輸送時の温室効果ガスの排出を減らすべく、ボトルの重量を軽減している。

植栽の中に見える換気口のようなものが「カナダの井戸」の一部

醸造時に大量に出るブドウの搾りかすをどうしているのかについてもかねてから大いに気になっていたのでヒメネス・ペラレスさんに訊いてみた。「ブドウの搾りかすは蒸留業者が引き取ってくれます。そこでアルコールに加工され、最終的には医薬品や化粧品、その他のプロダクツに使われます。蒸留後に残る残留物はコンポスト(堆肥)として再利用されます」とのこと。

「ボデガス・アユソ」のラインナップ。左端の「アバディア・デル・ロブレ」は日本にも輸出されている

代表銘柄の「エストラ レセルバ2017」は、スペインを代表する黒ブドウ品種、テンプラニーリョと国際品種のカベルネ・ソーヴィニヨンの混醸。黒系果実の香りに、樽由来のリコリスやタバコが交じる。アルコール感もたっぷりで飲み応えがある。

創業者は「ペスケラ」を手掛けた“テンプラニーリョ”の巨匠

巨大生産者によるコスパに優れたワインが多いラ・マンチャだが、この土地のポテンシャルを高く評価し、クオリティ・ワインの生産に挑む野心家もいる。1999年設立の「エル・ビンクロ」はそんなワイナリーのひとつだ。経営母体は、銘醸地リベラ・デル・ドゥエロを本拠にスペイン各地に4つのワイナリーを構えるフェミリア・フェルナンデス・リベラ。創業者のアレハンドロ・リベラ氏は“テンプラニーリョの巨匠”の異名を取り、彼の手がけた「ペスケラ」はワイン評論家、ロバート・パーカー氏をして「スペインのペトリュス」と言わしめた。

「ボデガ・エル・ビンクロ」

「エル・ビンクロ」は、グループ内で唯一、自社畑を持たず、買いブドウのみでワインを造っている。契約畑の広さはトータルで80ha。赤は得意のテンプラニーリョのみで、熟成期間の異なる3銘柄。白は、ラ・マンチャを代表する品種アイレンを19カ月という長期に亘って熟成(内14カ月は樽熟成)させた「アレハイレン・クリアンサ」のみ製造している。

2022年に全ての製品がビオ(有機)の認証を取得したとのことだが、環境配慮のための方策が他にも目白押しということではないようだ。このワイナリーが地域のサステナビリティに貢献している最大のポイントは、クオリティの高いワインを造って、その名声を広めることで、産地全体のイメージアップを図ることに尽きる。お手並み拝見ということで、こちらの試飲にも自ずと力が入った。

「アレハイレン・クリアンサ2020」は、アイレン100%。ワイン名は創業者のファーストネームと品種名をもじったもの。熟れたリンゴの蜜の香りに樽由来の香ばしい香りが交じる。ボリューム感があり、バランスも良く取れている。ともすると「スカスカ」な感じになりがちなアイレンで、ここまで飲み応えのあるワインができるとは驚きである。

ぜひ熟成したものも試させてほしいとリクエストし、同銘柄の2011ヴィンテージを開けてもらった。深く濃い黄金色。アプリコットジャムや飴のような風味がある。粘性が高くトロリとして、口の中では酸がまろやかになった分、ふくよかさが感じられた。

「クリアンサ2018」(赤)は、テンプラニーリョ100%。樽熟成18カ月+瓶内熟成6カ月を経てリリースされる。赤系果実のコンフィチュール、フレッシュなダークチェリー、コーヒー、リコリスの香り。ワイン全体に溌剌とした躍動感のようなものを感じる。この後に、より熟成期間の長いレセルバとグラン・レセルバを試したが、このワイナリーに通底するクリーンな造りをよりよく受け取れるのはクリアンサであると思われた。

右がアイレンの既成のイメージを変えた「アレハイレン・クリアンサ」

郷土料理との相性は……

最後に、ラ・マンチャの郷土料理とワインのマルダヘ(マリアージュ)について触れたい。現地でさまざまな地元食材、郷土料理を食べた。代表格は羊乳チーズのケソ・マンチェゴ(「ラ・マンチャのチーズ」の意)だろう。料理では鹿肉のクロケッタ、残り物のパンを再利用したのが発祥の料理ラス・ミガス、ガラス豆を肉類と煮込んだ濃厚無比のガチャスなどなど。

油脂分たっぷりで濃厚な味わいの郷土料理ガチャス

いずれも乾いたメセタの風土によく似合う、力強い料理だ。ところがこれらに現在のラ・マンチャのワインを合わせるとなると、困難と言わざるを得ない。果実味に溢れ、樽香の掛け方も程よく、クリーンなワインは、悪く言えば陰影に乏しく、昔ながらの土着的な料理と渡り合うことができないのだ。

モダンな料理を出すレストランで食べたフムスにスモークサーモンの載った一皿。こういうデリケートな料理には現代のラ・マンチャのワインが合う

しかし、それはラ・マンチャのワインがもっぱら輸出商材として生産されていることを如実に表しているとも言えるだろう。郷土料理を売りにするレストランには、近代化前の古酒を出してもらうといい。

ワインの海は深く広い‥‥。

夜明けのブドウ畑で出会った農夫。醸造工程が工業化されても、畑での仕事は昔と大差がない

Special thanks to European Sustainable Wines
Photos by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。

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