チャーハンとラーメンのセット、略して“チャーラー”。愛知で親しまれるこのセットメニューを愛してやまない現地在住のライター・永谷正樹が、地元はもちろん、全国各地で出合ったチャーラーをご紹介。今回はかなりレアなチャーラー。なんと、老舗みりん店の4代目が作るチャーラー。金・土・日の昼と夜にしか営業しないのです。
画像ギャラリー愛知県は味噌や醤油など醸造業が盛ん。醸造所は知多半島や三河地方に集中しているが、名古屋港にほど近い名古屋市中川区戸田界隈もかつてはみりんや醤油の蔵が軒を連ねていたという。
しかし、時代の流れとともに1軒、2軒と減り続け、今やたったの1軒になってしまった。100年以上にもわたってみりんの醸造を手がける『糀富(はなとみ)』がそれだ。
捨てられなかったみりんへの思い
と、ここまで読んで「チャーラーとどんな関係が?」と思った方も多いだろう。後からちゃんと紹介するので、もう少しつき合ってほしい。
「戸田みりん」というブランドで販売されている『糀富』のみりんは、昔ながらの製法で作られており、素朴な甘みとまろやかな口当たりはスーパーなどに並ぶみりん風調味料とはまったくの別物。名古屋の料理人の間で「日本一のみりん」との呼び声も高い。
「平成元年に火事でみりん蔵が焼けてしまい、廃業を考えましたが、長年付き合いのある取引先やお客さんから何とか続けてほしいと言われて、細々と続けてきました。私も家業を継ぐ気はなかったんですけどね」と、話すのは4代目の店主、石黒靖浩さんだ。
石黒さんは焼肉店やファミリーレストラン、弁当店など飲食店での勤務経験が長く、料理の仕込みなどでみりんを使うたびに家業のことが心に引っかかっていた。
6、7年前のある日、休日に先代である父親の仕事を手伝ったとき、やはり自分にはこの道しかないと思い、家業を継ぐ決心をしたという。さらに、石黒さんは10年以上前から独学でラーメンを作っていて、自分でも納得する味を完成させた。そして、金・土・日の昼と夜各10杯限定でラーメン店『富田屋』を開店させた。
ほんのりと甘い、心が豊かになる味
ふぅ……。やっとここからが本題。ずいぶんと前置きが長くなったが、今回紹介するのは、『富田屋』のチャーラー。創業100年超のみりん蔵の店主が作るラーメン、チャーハンはどんなものだろうか。
店内の黒板に書かれているのがメニュー。ラーメン以外にも「ロールキャベツ」や「ホウレン草のゴマ和え」や「エビクリームコロッケ」などの一品料理も用意している。
これらの調理は、主に石黒さんの母親が担当していて、客の間で「お袋の味」と評判も高い。むちゃくちゃソソられるが、やはりここは「らぁめん」(700円)と「タカナチャーハン」(450円)を注文することに。
で、これが、ここ『富田屋』のチャーラー。今どきのラーメンのようにインスタ映えする華やかさはないが、おいしそうなオーラを放っている。いぶし銀の輝きというか、これが創業100年超の歴史なのかもしれない。
では、ラーメンからいただきます! まずはスープを……。うん、鶏の旨みがギュッと凝縮されているだけではなく、深いコクとほんのりとした甘味も感じる。おそらく、これが「戸田本みりん」の力だろう。こんなやさしい味わいのラーメンは唯一無二。味わうごとに心が豊かになる。
「もともと鶏ガラベースの昔ながらの中華そばをずっと研究していたのですが、鶏ガラを煮込む時間を間違えてスープが煮詰まってしまったんです。捨てるのももったいないと思って、作って食べてみたら美味しくて、鶏白湯にしようと。タレには地元産のたまり醤油とウチのみりんを加えています。その比率を算出するのに苦労しました」(石黒さん)
具材の鶏チャーシューやメンマも実に丁寧に仕込まれている。とくに鶏チャーシューはとても柔らかく、スープとの相性も抜群。「あぶりチャーシューメン」(950円)や「チャーシュー丼」(400円)、「チャーシューエッグサンド」(550円)を目当てに通う客も多い。
ラーメンのスープと絶妙なマッチング
またまた驚いたのは、具材は高菜のみで目玉焼きがトッピングされているシンプルこの上ない「タカナチャーハン」。
チャーハンだけ食べると、やや物足りなさを感じるものの、ラーメンのスープをひと口飲んでから食すと味がガラリと豹変する。スープの旨みと高菜の酸味、コクがそれぞれ引き立て合うのだ。
高菜ご飯でもよいのでは? というのは素人の考え。油で炒める、つまりチャーハンにすることで高菜の香りとコクをアップさせて、スープと絶妙なマッチングが生まれるのである。サイドメニューとしては完璧としか言いようがない。チャーシューと卵、ネギの、いわゆる普通のチャーハンも合うとは思うが、ここまでのインパクトはなかっただろう。
「実はこれも偶然の産物なんです。親戚から高菜をたくさんいただいたのですが、実は私の両親は高菜が苦手で……。捨てるのももったいないし、賄いで高菜を入れたチャーハンを作ってラーメンと食べたところおいしかったのでメニューに加えました。私のラーメンに足りない“香ばしさ”がプラスされるのでオススメです」(石黒さん)
それにしても、営業が金・土・日の3日間というのがもったいない。『富田屋』に足を運んだ人は皆、そう思うだろう。が、これにはワケがある。
「みりんの仕込みや瓶詰め、ラベル貼りもありますし、得意先への御用聞きや配達もほとんど私ひとりでやっているので、3日間が限界なんです。それでも楽しみにして通ってくださる方がいるのでありがたいです。月曜日を除く火~日曜日は、店でみりんの販売もしています」と、石黒さん。
「戸田みりん」は生産数が少ないため、問屋へは卸しておらず、昔から付き合いのある酒屋や食料品店へ石黒さんが自ら配達している。「戸田みりん」を扱っている店は東海地方が中心となるが、関東や関西、東北にもある。中にはネット通販を行っている店もあるので「戸田みりん」が欲しい方は検索を。
取材・撮影/永谷正樹
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