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ハル・デヴィッドが作詞を担当

アルバムのクレジットを読むと作曲者がバート・バカラックと知った。そこからぼくはバカラックのフリークとなり、彼の作品を片っ端から集めて聴くようになった。作者にバート・バカラックの名があれば、即購入した。ディオンヌ・ワーウィック、ペリー・コモ、シュレルズ…。

数々のレコードを聴いてゆくと、バート・バカラックの生み出すメロディーには、彼だけの独自のテイストと大衆性~ポップ・フィーリングがあることに気付いた。バカラックならではの魅力がどの曲にも埋めこまれていることに。そして、バート・バカラックの作品には常にハル・デヴィッド(1921~2012年)が作詞を担当していることもクレジットから判明した。

1960年代、まだ音楽情報は今のように充実していなかった。それでも何とか資料を漁ってゆくとバート・バカラック&ハル・デヴィッドのコンビには、現在でいうロールモデルがあることにようやく到りついた。その名は ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー。しかもこのコンビの作品「スタンド・バイ ミー(Stand By Me)」、「ハウンド・ドッグ(Hound Dog)」」、「監獄ロック(Jailhouse Rock)」などはぼく好みの曲でふたりの名を知らずに耳にしていたのだ。

ジェリー・リーバーがコーラス・グループを紹介

さらに調べに調べてゆくと1961年のドリフターズのセッションでスタジオの中心にいたジェリー・リーバーから3人のコーラス・グループを紹介されたことが分かった。

その3人とはシシー・ヒューストン、テルマ・ヒューストン、ディオンヌ・ワーウィック。バート・バカラックはその中からディオンヌ・ワーウィックの声に魅力を感じ、彼女をコーラス・グループから引き抜くことをジェリー・リーバーから許可を得た。結果、ディオンヌ ワーウィックは「遥かなる影」、「サン・ホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)」などの伝導師となった。ちなみに、シシー、テルマも後にソロ・ミュージシャンとして成功するのだが、特にシシーはホイットニー・ヒューストンの母としても有名になるのだが、当時はそんなことは知る由もなかった。

今ならネットを探せば情報などたやすく入手できる。50年以上前は、そんなことは無かった。数少ない情報を当たり、得た情報からまた次の情報へと至る。そんな音楽の深掘りを10代だったぼくに教えてくれたひとり、それがバート・バカラックだった。

バート・バカラックの名曲の数々

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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